「ダメなのはオマエじゃねーのか?」と。
分厚い文学書とか硬いブックカバーの難しそうな小説を両手に持って読んでいる高校生は優等生で、片手にスマホを持ってにらめっこしてる高校生はダメ、っていう見方と考え方が古い。
「もしかしたらスマホで文学書を読んでいるかも」
「もしかしたらスマホで小説を読んでいるかも」
「もしかしたらスマホで何かの勉強をしてるのかも」
っていう見方や考え方をしようとしない "昭和人" は、価値の無い骨董品と同じ。
僕ら昭和人は必死になってバージョンアップをやらないと「今」についていけない。
「今」についていけないと、「今」の正解を見誤る。
「今」の正解を見誤って、「昔」の正解を押しつけちゃうから、「今」の人たちの理解を得られない。
「今」の人たちの理解を得られないから、無理矢理「昔」の正解を上から目線で押しつける。
上から目線で押しつけるから、「今」の人たちが離れていく。
「今」の人たちが離れていって寂しいクセに『昔はよかった』とかなんとかワケのわからないことを言う。
「今」の人たちに相手にされなくなった、ワケのわからないことを言う者同士が集まって「昔はよかった話」をダラダラと繰り返す……
最悪の悪循環。
脳ミソが黒電話のままの人。

バージョンアップする努力を続けないと、ウザい年寄りになっちゃうぞ!