揺れなくなったら | flat3 football club 監督日記

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街の片隅で細々と活動しているU-15のサッカークラブでした。

できるだけボールを蹴らずにサッカーが上達する方法をさがしていました。

今は「教えない指導」「教えない教育」の布教活動中です。

いろんな所で出会う犬に、必ず手をさしのべてみる癖があります。

警戒心なく寄って来てくれて手をペロペロ舐めてくれる犬もいれば、こちらを威嚇するように大きな声で吠える犬もいます。

その犬種にもよるのでしょうが、「生い立ち」の影響も大きいように思ったりするのです。

犬も子供も。

やったことがない事をやってみようと試みる子と、やったことがない事は絶対にやろうとしない子と。

叱られて育った子と、怒られて育った子に違いがあるような気がしています。

結果に至るまでの過程を見てもらって育った子は、やったことがない事にも前向きにチャレンジして
いつも結果だけしか見てもらえず育った子は、やったことがない事にはとても消極的になっていて。

経過をしっかりと見ている親は叱り、結果しか見ていない親は怒る。と僕は思ってて、だから中学生ぐらいになるとその子のそれまでの生い立ちがその子の行動に与える影響ってものすごく大きいような気がして。

たまたま出会った犬とチームで預かった子とを同じように比べちゃ保護者に怒鳴られるかもしれないけど、たまたま出会った犬との距離を縮められないようじゃ中学生との距離は縮められないと思ってるので、僕はいつも出会った犬にするのと同じように、目の前にいる中学生の瞳に写る自分の姿が揺れてるか揺れてないかを見ています。



いっしょにその子の生い立ちも写ってるように思うので。

その子の瞳に写る僕の姿が揺れなくなった時が、ようやくスタートの時なのです。