僕のイメージでは、「熱い鉄」にあたる「人間」は小学生になる前の幼稚園児まで、です。
小学生になるまでの間に、いかに人格の基礎を築いてあげられるか、だと。
小学生や中学生になってからの「矯正」は「強制」との区別が曖昧になりすぎて、する方にもされる方にも苦痛が伴います。
「骨折」という怪我は、怪我の痛みよりもリハビリの痛みの方が苦痛だと言います。
ギブスで固定されて身体についた「癖」を元通りにする時に感じる痛みの方が、怪我の痛みより苦痛なのです。

人格形成も同じこと。
不要な癖がつく前だと素直に受け入れられるのに、不要な癖がついた後だと身体がソレを受け入れようとしなくなる。
「強制」による「矯正」は、痛みが伴ってしまうからイヤなのです。