その店主は、すべての客に同じような笑顔で接するようなことはせず、逆に、ほとんどの客に同じような冷たい視線を送っている。ようにしか見えない。
その視線はまるで「"気" 認証システム」と呼ばれるセキュリティーカメラのようで、大きな鉄板の前に座った客の "気" の配りようを見て瞬時に「好き」か「嫌い」かを認証しているようで。
「"気" 認証システム」に晒されていることに気づかない鈍感な客は、店主の動きを止めてしまうタイミングでオーダーをして、更に冷たい視線を浴びることになるのだけれど、冷たい店主の視線はその客を見ないから厄介なのである。
"冷たい" 時の視線を客からあえて外すことこそが店主の接客なのか…。
そして常連客は、タイミングをずらされた時の店主の表情の、ほんの一瞬だけ「鉄仮面」になる瞬間を楽しみながらつぶやく。
『この店は難しいんやで』と。
鈍感な客と常連客との温度差を楽しみながらビールを飲んでいると、鉄仮面だったはずの店主が笑っているように見える瞬間がある。
目の錯覚かと思ってしまうほど一瞬だけ。
「そうか、この店に通う客たちは、この一瞬の笑顔を独り占めするために通うのか」
ずっと不思議に思っていた。
店の名前が『陽気』なのに店主は全然陽気じゃない……。
でも、ようやくわかった。
この店の店主は全然陽気じゃないけど、滅多に出会えない店主の笑顔に出会えた客は間違いなく陽気になって店を出れる。
考えぬかれた戦略にまんまとハマってしまう。
大阪人は二日に一度は舌にソースを乗せてやらないと落ち着きがなくなるのだけれど、それと同じ周期で、無表情でズル賢い店主の滅多に見せない笑顔が見たくなるから不思議だ。
下町のお好み焼き屋さんは奥が深すぎるのだ。