人との距離って

むりに詰める必要ない。

 

 

みんな、全員、だれとでも。

仲良く、親しく、楽しく。

 

 

世間話しとか

失敗話しとか。

ときにはグチとか。

 

 

そんなふうに

完璧に

平等に

するっと

できない。

 

 

 

 

人はこわいし

顔色は気になるし

使えるエネルギー少ないし。

 

 

 

相手によって

タイミングによって

自分の余裕で

 

 

なんとなくの流れにまかせて

自分の距離感で話せる人が

増えちゃったりしたら

 

 

それはもう最高だろう。

 

 

 

 

 

 

 

人が怖くて

 

楽しいことはめったになく

 

しょっちゅう人生が虚しくなって

 

なにもかもが面倒で

 

八方ふさがりの孤独がついてくる。

 

 

 

いろんなことが不安だ。

 

不安は苦しいから

見ないようにしよう。

 

 

いい案だね。

 

 

 

 

でも、ときどきふっとおとずれる不安は

 

現れるたびに少しづつ大きくなっていく。

 

 

大きくて飲みこまれそうになるから

目をそらすけど、

 

 

だんだん不安のおとずれが

頻繁になってきて、

見ないふりが追い付かなくなってきた。

 

 

このままだといつか不安に覆われて

自分をダメにしちゃうんじゃないか。

 

 

そう考えたら不安でおそろしくて

とてもじゃないけど抱えきれなくなった。

 

 

 

 

 

だからどうにかしよう。

自分でどうにかしよう。

 

 

 

不安をなくすためじゃなく、

不安の正体を知るために

向き合ってみよう。

 

 

 

 

いちばん怖いのは

正体不明の自分だ。

 

 

 

 

 

やりたいことは?

 

どうしたいの?

 

どうなりたいの?

 

 

 

こう聞かれると

つい前向きな答えを探してしまう。

 

 

「こういう答えを求めているだろうな」

 

「一般的な答えはこうだろうな」

 

「こう言っておけばこの場はおさまるな」

 

 

 

なんてことを考えて

定石的な答えを言っておく。

 

 

 

だって今それどころじゃない。

 

前向きの前に後ろ向きを

軽くしないと前向きにまで

手がまわらないんだ。

 

 

 

 

だから、こっちを自分に聞いてみる。

 

 

やりたくないことは?

 

どうすることが嫌なの?

 

なりたくない自分は?

 

 

 

不思議なことにけっこう

答えられちゃう。

 

しかも本音だ。

 

 

 

譲れないことや

嫌だなって思うことは

どうしたってごまかせない。

 

 

 

うんざりしない自分への

近道になる。