先日、10月7日~9日まで徳島県三好市にて開催されたラフティング世界選手権の観戦に行ってきました。
会場に向かう途中と帰り道に阿波の国の一之宮 大麻比古神社にお参りに行ってきました。
往路でお参りした際に、ふと聞こえた言葉が、
「形に囚われない」
という言葉でした。
聞こえた瞬間、頭のが???状態に…。
あまりに???だったので、考えることをあきらめました。(*>д<*)ムリー!
本当に必要なことであれば、いずれ分かると思ったので…。
神社を後にし、競技会場へ。
なんか、神社で聞こえた言葉が、気になりつつも、競技ラフティングの観戦を…。
競技ラフティングを見るのが初めてで・・・。
スラロームと呼ばれる種目を最初に観戦したのですが、最初はさっぱりわからずただ眺めているだけ…。
しばらく眺めていると感覚的にですけど、わかり始めて選手が、描くラフトの軌跡がイメージできるように…。
ただ、世界トップ5くらいのチームになってくると自分が想像もしないような軌跡でラフトを進めてました。
わからないなりにも、ラフトをこう進めるものだという形に囚われていたみたいですね。( ´∀` )
形に囚われないとはいえ、基本的なことをしっかり習得していることがきっと大前提なのかも…。
自分の場合、今の会社の業務は、チームでやっている仕事(のはず・・・)
誰か一人が抜けたら周らないということは、マネージメントが悪いのか、王国になってしまっているのかどっちかなのかなって。
王国になると、物事がブラックボックス化したり王様がいなくなったら、そこの組織は確実に戦力ダウンして、結果として先方に迷惑をかけてしまうのではないかと。
王国のメリットとしては、きめ細やかなコミュニケーションが取れて先方は喜ぶかも…。
でも、組織って面白いもので、誰か一人が欠けても、それなりに回ってしまうのですよね。
自分自身は、最近はそうでもないですけど、自分が休んだら仕事が周らなくなるとか、自分の担当って抱え込みたがったのですよね。
「形に囚われない」という観点からすれば、最低限のスキルと経験は必要なのかもしれないですけど、すべてをオープンにして誰でも出来るようにする。
言葉にすると簡単に聞こえるのですけど、実際に落とし込みをしようとすると大変なんですよね。
出来ないとかこの業務は、その類にそぐわないとかいうのは簡単ですけど、それって、自分の中に囲っておきたいという気持ちの裏返しなのかなって。
いつの日か、今いるポジションから自分が抜けても、自分がやっているクオリティーの維持もしくは、向上させる仕組みを作れたらそれこそが成果なのかなって。
話は、まとまってないですけど、思いつくがままに書いてみました。
最後までお読みいただきありがとうございました。