<はじめに>
この妄想話は「kissing you ~僕の場合」同様、ある作家様のお話の「続きを♡」という有難いお言葉のもと、また妄想に火がついて勝手に妄想してしまったものです。
作家様のお宅のシンチェなので、我が家の中学生シンチェの設定ではありませんのでご注意ください。
前段階にあるお話をお読みになったうえで、読んでいただく事をお勧めいたします。
作家様のお話はこちらです↓
 
 
 
 
 
最後の一枚に、父から譲り受けた万年筆で丁寧に署名をする。
 
その万年筆を所定の位置に置き、革張りの執務椅子に勢いよく背中を預けた。
 
「ふぅ…」
それが合図かのように傍に控えていたコン内官がゆっくりと歩みより、書類を確認し、恭しく頭を下げた。
 
「これにて本日は以上でございます。」
「御苦労さまでした。」
そう告げると、その書類を手に、執務室を出ていくコン内官。
その姿を先ほどの姿勢のままで見送って、僕はそっと目を閉じた。
 
 
その瞼のうら。
 
緊張でこわばっていた顔から一転、皆をも引き付ける笑みを浮かべて挨拶を述べる彼女の姿が浮かんだ。
物怖じすることなく、強い意志を秘めた大きな瞳で、真直ぐに前を見つめて挨拶をする、彼女のその姿。
 
傍で見ていたかった。
僕の妻だと、隣に立ち、胸を張りたかった。
 
僕はゆっくりと瞼を開くと、自分の幼い想いに、小さく笑った。
 
 
 
 
緊張のあまり、周りが全く見えなかった。
 
昨日必死で覚えた挨拶を淀みなく言えたものの、きっとその表情は不安で仕方ないものだっただろう。
 
でも、でもね、シン君。
なんだか心は晴々しいんだよ。
 
あのエントランスで、「チェギョンなら大丈夫。」そんな言葉をもらえたから。
 
だから湧きあがる歓声にも笑顔になれた。
たったその一言があったから。
 
彼はきっと今はコン内官を従えて、執務の真っ最中だろう。
自分がここに降り立つことも、執務中であることを理由に、きっと知らされることなく没頭している。
 
それでも、ね。
寂しくないよ、
今日は一人きりの公務だったけれど、心は寄り添ってくれてたから。
 
だから…。
 
 
いつの間にか見慣れた景色が広がっていた。
停まった車のドアが、翊衛士のお姉さんの手によって開かれた。
 
「ありがとうございます。」
いつものようにそう言って車寄せに立ったその瞬間。
 
私は驚きで目を見開いた。
 
 
 
 
1台の皇太子妃専用の黒い車両がゆっくりと目の前で停まった。
 
先導の車両から、チェギョンが乗った後部座席のドアを開けるために下りてきた翊衛士が驚いたように僕を見たが、僕はそんな視線を無視して、彼女が下りてくるであろうドアをただ見つめる。
 
 
想像した通り、車両から下りてきた瞬間、彼女は大きな瞳を一段と大きくして僕を見た。
 
「おかえり。」
 
少しの間の後、チェギョンの顔がゆっくりと笑顔に変わる。
 
その笑顔は僕専用。
皆を引き付ける皇太子妃の笑顔ではなく。
 
僕1人を惹きつける、特別な笑み。
 
突進してくるような勢いで胸元に飛び込んできた彼女を、僕はしっかりと受け止める。
 
「ずっと…思ってた。」
「ずっと思ってたんだよ。」
 
同時に出たその言葉に、思わず顔を見合わせる。
 
傍にいても離れていても、いつも考えるのは君のこと。
想うのは君のこと。
 
そう伝えたいのに、自分だけ…という想いが邪魔をする。 
 
 
 
 
 
たった数時間離れていただけなのに、こうして手を取り合うことが嬉しくて仕方がない。
 
いつもは、彼女の話に耳を傾けながら歩くこの回廊を。
今日は2人とも黙ったまま、手を取り合って歩く。
 
でも、その時間がひどく愛おしい。
 
先ほどは1人で見上げた、眩しい日差しが降り注ぐ空に視線を向けて、そしてゆっくりとその視線を彼女へと投げかける。
 
無言のままなのに、その視線をしっかりと受け止めてくれることが嬉しくて。
僕は足を止めて、笑みをこぼす。
 
「いつも…、想ってる。」
ただ一言、この一言で僕の想いが伝わるなど想っていはいないけれど、伝えずにはいられない。
 
「私も、…いつでもどんな時でも想ってる。」
 
少し恥ずかしそうにそう告げてくれる彼女に。
 
僕はここが回廊であることをすっかり忘れて。

​繋いだ手に力を込めて、彼女の体を、顔を、引き寄せた。

~終わり~