おそくなりましたが-、2012年明けましておめでとうございます。^^;

およそ2週間ほどの中東滞在を終えて一応帰ってきました。。。

戻ってきた次の日からいつものように仕事。

なにがオメデトウなのか、いまいち良く分からない感じですが、何となくワクワクしないでもない2012年。


今回過ごしたパレスチナは、予想外に?平穏な?そんな感じでした。

去年は毎日のようにデモが盛り上がり、参加してたんだけど、今回は「デモ飽きちゃったんですか?」ってな感じよ。

現地の人も、今年は何で何だろうね~みたいな。


ガザは毎日のように空爆が起き死傷者が出ていたし、西岸地区ではナビ・サレハ村のような一部の村でデモが盛り上がっていたようだけど、それ以外の場所は比較的平穏な感じでありました。


今回、ナビ・サレハ村に行くチャンスがなかったので、ウ~ン近々もう一度パレスチナにリターンしよう!と思っています。


長期休暇をもらうに当たり今回はとうとうブタ上司とオオモメして、会社を辞めることに。

10年以上勤めているから有給はけっこうあるんだよね。

時間差攻撃で60日ほどの有給を完全取得し、ヘチマほどの退職金をもらい、再度パレスチナでもうちょっとだけ長期滞在してみたい。

そんな私の2012年の年明け~

すべてがインシャアッラー♪


今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。^^


Yas

ヤフーのトップ記事で米軍がイラク撤退完了というニュースを読みながら、今度はイランへ行く準備にかかっているのではないかとどれだけの人が注意して記事を読んでいるのだろうか?と考えてしまった。

今月の初めにイラクのファミリーとスカイプで冗談を言いながら昼間楽しくおしゃべりしていた。
夕方買い物から戻り、もう一度おしゃべりした時には彼らの家の前で爆破テロが起きていて、20名ほどが死亡し、多くの負傷者が出ていた。
数時間前まで明るく元気だった彼らは事件を目撃し、とても怯えて泣いていた。
いつもおしゃべりしているイラクの家族の一人はまだ17歳の青年。
好きな女の子がいて、学校にも行けないし仕事もないけど、好きな彼女と幸せになりたいという大きな夢と希望を毎日抱いている。
いつかきっと早く彼女とずっと一緒になりたい!とか。


昨日イラクに関する記事を目にして、ブログにUPしようかどうしようかと一晩考えてしまった。

5年前に14歳のイラクの少女が4人の米兵にレイプされ、口封じのために5歳の子供を含む家族全員が殺されたニュースをご存知でしょうか?
この米兵たちは少女をレイプしている様子を写真に撮っていたわけです。
男性に夢や憧れを持っていたであろう少女の気持ちはどうだったでしょうか?
大切に育てた娘を米兵にレイプされた両親はどんな思いだったでしょうか?
罪のない彼らはどうしてこのような屈辱を味わって殺されないといけなかったのでしょうか?
特に男性の皆さんに意見が聞きたいところ。

以下のURLにその少女がレイプされている写真がありますが、よく考えて見て欲しい。

http://www.federaljack.com/?p=167005

果たして彼らはどんな言い訳が出来るんでしょうか?
神さまはこういう事を許してくれると思いますか?

今の人間は発情期のイヌやネコ以下ではないですか?
殺し合うという意味で、人間は動物よりも理性があると言えますか?
相手を思いやり、愛と責任あるセックスをしてますか?
愛と責任のないセックスは病気と不幸をもたらすだけだと思いませんか?
お互い夢中になる相手と愛し合えたら、周りも幸せで元気になれるのでは?


以下はある米兵のスピーチ



後半、元米兵の彼はあるイラク人の女性とのやりとりについて語っています。
米軍に家を壊され、家族を殺されたイラク人女性が「何で!何で!」と取り乱し泣き叫びだしたので、彼はこれまで自分の任務だからと支えていた心が折れ子供みたいに泣きだした。
その様子を見た彼女が優しく彼のほっぺなどに手を当ててながら「インシアッラー」と優しく声をかけてくれた時の事を語っている。
これは「インシアッラー(天命)」ではなく、自分らの軍のクソ命令だったと彼は言う。
今の自分の任務は立ち上がって声を上げることだと彼は涙を流しながら語っている。

新たな悲惨な戦争が起きる前に、ちょっと戦争の事を一緒に真剣に考えてみませんか?
このブログを書き始めた頃、紀行?なるものをちょっとだけ書きながら、1年近くも経って、ようやく続きを書いてみることにしました。アホゆえお許しを。^^;
楽しい事もアシュラフのお姉ちゃんが殺される悲しい事もあったビリン村の日々ですが、せめてクリスマス・イブの日は完結させようと思います。


前回のあらすじ↓
去年のクリスマス・イブに西岸地区の中心地ラマッラーで、うっかり道を尋ねた青年に1時間ほど連れ回された揚句、ヤニが切れた私は強行突破でタクシーを止めてビリン村のデモへ急いで向かうことに。


無事?にタクシーでビリン村へ到着した私は、何でかラマッラーからツイテきた青年を置き去りにして、急いでデモがあっている場所へとイノシシのごとく突進していった。

みんなの所へと近づいてみると、みんなサンタの格好でイスラエル兵の催涙弾とかに抵抗していた。
なんてったってクリスマス・イブだもんね。
だけどイスラム教徒って、日本人以上にサンタ好き?なのかミーハーなのか。みんな喜んでサンタになりたかったという感じ。

(一神教がどうたらこうたらって教えているヤツらって、結局イスラム教徒のイメージを悪くするために利用してるような感じがする。実際に出会ってみると分かるけど、ユダヤ教やキリスト教よりもイスラム教を信じている人が貧しい人に断然優しい。)

けっこう参加者も多くヒートしたデモの終わりに、ハイサムやハムディやアシュラフやイヤードたちが疲れた容姿で戻ってきた。

「あ"ー!」と言いながら、幸いにも彼らは皆、私を覚えていてくれた。
デモの終わった後に、村の事務所みたいな所でビリン村のみんなと一息つきつつ、団欒。
「なんでここにいるの?」とか「ひとりで来たの?」とか「何で来るって言わなかったの?」とか色々質問されながら、「いやー連絡先聞いてなかったし・・・」とか返事しつつ、「ビリン村はインターナショナル・ビレッジだから海外からいろんな人がやってくるけど、君のことはちゃんと覚えていたよ!」「ほんまかいなー!!!あははー」などとおしゃべりが続いた。^^;

「どこから来たの?」と言われ、「エルサレムから来た」と言ったら、「なーんでエルサレムにいるの?だったら、うちに泊りなさい!」とビリン村の活動家のリーダー、イヤードが言ってくれた。

明日以降の宿泊場所を全く決めていなかった私としては願ったり叶ったりで、「泊る!!!」と返事して、それからビリン村でお世話になることに。

ちなみに、私が日本から持ってきたビリン村のみんなへのお土産はモロゾフのクッキーだった。
日本人的感覚で。^^;
だけど、これが村のチビッ子たちに大受けだった。「とってもおいじー!!!」と全身で表現してくれた。


その日のデモ↓