私のクラ友たちは、とても語彙力があって、同じ音楽を聴いても、遥かに深い表現で音楽の本質をあらわしてくれます。

例えば、若きクラ友の「野生動物がピアノを弾いているのかと思った」というユジャ・ワン評。

凄いな・・・と思います。

オリジナルの書籍が手元にないので正確な引用ができませんが、吉田秀和さんのユジャ・ワン評に匹敵するのでは・・・

 

一昨日のマタイ受難曲、昨日の庄司さんとカシオーリの素晴らしいコンサートを経験して、今日は、ずっとピション&ピグマリオンのモツレクを聴いてました。

 

夕刻、庄司さんの今回のツアーの最終日となる水戸芸術館のコンサートの感想が、同輩のクラリネット吹きの友人から届きました。

この感想がまた素晴らしくて・・・残しておきたいな・・・と思ったので、友人とのやりとりを記しておきます。

 

水戸芸術館のシンボルタワー  撮影したのは昨年暮れのツィメルマンのコンサートのとき

 

昨日、サントリーホールで庄司さんを聴いた私からクラ友に送った今朝のメール

 

私:今日の水戸、絶対いいです。特に2曲目の3楽章、もう、これでもかというくらい良い!

友:楽しみです!!

 

今日の夕刻に・・・クラ友から・・・

友:素晴らしかった

私:全部いいよね!

友:忘れられない特別なコンサートがまたひとつ・・・全部全部よかった

  深い呼吸をして、心と身体の隅々まで音楽に満たされました。

  彼らの音楽は深い思索、考え抜かれて、でも本当に自然で、瑞々しい詩情

  たぶん彼らの来日公演は全部聴いてるけど特別でした。

  時間と空間が拡がるようだね

私:(内心、なんと的確な評と感嘆しつつ)2曲目の3楽章とりわけよかったっしょ!

友:あんなに良い曲とは知らなかった。

  若書きで肩に力が入り過ぎた小品かなと思ってた。

  不覚なり。

  なんという名曲だ!

  運命のリズム畳み掛けて中間部はスーパーロマンチック

  あの3楽章書いたときブラームス二十歳で、若書きと知っていたけれど、シューマン夫妻に会ってクララに衝撃受けた直後な  

  んだね。

私:(以下、私の内心・・・そうだったんだ。クララに会った直後なんだ。あの音楽は、心を揺さぶられるほど大好きな人に出会   

  ったときじゃないと書けない音楽だよなぁ・・・わかるわ~)

  (以下、妻の内心・・・あんたは一年中恋してるからブラームスがクララと出会ったときの衝撃年柄年中感じてるでしょうが)

友:シューマンの弟子が書いてる1楽章もツマラン曲と思っていた自分の不覚・・・

私:1楽章、何も言われずに聴いたらシューマンと思うよね?

  ところで庄司さん今度モーッアルトのヴァイオリン協奏曲の4番、5番初夏にやるよね。

  私行きますよ!絶品だろうなぁ・・・

友:サントリー小ホールのエヴェーヌ弦楽四重奏団のベートーヴェンの全曲演奏会ととダブっていて(友は通し券でエヴェーヌ購 

  入済み)迷っていたけど、今日の聴いたら庄司さんに決めた!

  エヴェーヌのチケット若きクラ友行くかな??

私:投げてみたら?

友:若きクラ友さんオッケだって。ベートーヴェンの曲目とてもよい日なのよ。2番、16番、14番。

私:すげ

友:でしょ、それで悩んだの・・・全日程の中でも白眉かもしれん・・・

  でもエヴェーヌはまた16、14聴けるかもしれない。

  庄司さんの弾き振りでモーッアルトは二度とないよね・・・

 

ということでクラ友さんは、エヴェーヌと庄司さんという贅沢な綱引きをして結果庄司さんを選びました。

 

私も庄司さんのコンサートはほぼほぼ全て行ってますが、今回のコンサート、私はサントリー、クラ友は水戸という違いはあれど、本当に感動的なコンサートでした。

 

一つ確実に言えることは、行かないと何も始まらないということです。

音楽は、音が減衰したら全て「無」に帰すから。

音が生まれて消えていく過程に立ち会うしか、この経験はできないんです。

たしかに記憶には残ります。

 

でも、それは愛する人を抱きしめたときの「歓び」と、愛する人を抱きしめたときの「歓びの記憶」との違いに思いをいたせば、

その価値の違いは明らかです。

 

あー、音楽聴きたい!!

もっともっと聴きたい!!

眠る時間削っても音楽聴いてる人は私の周囲にたくさんいるけど、それくらい音楽の魔力は奥深いです。