メディアでも盛んに取り上げられる発達障害という言葉。
なんとなく危うさを感じます。
お子さんが発達障害では?と悩むお母様たちから相談を受けることがありますが、話を聞くと学校の先生から
「みんなと同じようにできないことが多々あります。お友達とぶつかることも。発達障害では?一度、病院に行ってください。」
と言われ、初めて我が子が発達障害かもと思ったと言うお母様も少なくありません。
(学校を取り巻く状況も変わっているので先生たちへの私の意見は控えます。)
私が子供のころを思い出すと、今なら発達障害かもと言われてしまうような子供が沢山いたように記憶しています。
私自身、両親を含め、周りの大人たちに発達障害を疑われていました。
当時の記憶は、ところどころしかありませんが、私はとても大人しい子供でした。幼少期は、カラダも弱く幼稚園は、休むことが多かったと思います。たまに幼稚園に行くとイジメっ子にからかわれたり、でも、優しい先生たちのおかげで幼稚園は好きでした。
小学校に入ると、児童の人数も増え、ますます大人しくなりました。なにより、先生が怖かった。笑
何かあると児童の頭を1mの竹定規で叩くんです。小学一年生の小さなカラダには、1m定規は、とてつもなく大きく見え、私は毎日、怯えていました。
だから、例えば、計算ドリルをして終わった人から先生に見てもらうなどという時、怖さのあまり、みんなが並び終えるころ、静かに列に並んだものでした。
ある日、誰かが、
「えりちゃんが、人の見た!」
と言ったのを境に先生も私がカンニングしていると決めつけて、一事が万事、できない子と決めつけられて、薄っすらとしか記憶にありませんが、2年生になるときに特別クラスを両親が勧められていたのを覚えています。
その時、私は、
「私は、計算もみんなより早く終わってみんなが並ぶのを待ってたのに。」
「先生や友達が怖い」
とぼんやり考えながらも自分で説明できませんでした。
小学2年生への進級時は、両親が特別クラスへ行くことを拒み、普通学級に進みました。笑
それからいろいろあり、
両親の判断で5年生の時に当時、私が育った地域で唯一の私立小学校へ転校しました。そのときの私立小学校の先生の言葉が、「大変な状況を理解し、転校を許可しますが、附属の中学への進学はムリでしょう。」だったと、高校くらいになって父から聞かされました。
しかし、結果は、学力も追いつき附属の中学に入学しました。
そこから、またまた、試練があり、
田舎の私立中学校には、地域の裕福な家の子ばかり、私は、電車で1時間近く通う更に田舎者、貧乏の家の子とまたまた、いじめっ子の標的に。笑
その私立中学校から80-90%くらいの生徒が地域でトップの高校に入学する中、中学の先生も同級生もムリだろうと決めつけてました。模試で合格圏上位にいても先生に
「たまたま、点数が取れたからって合格できると思うな。」ということを言われたのは、なかなか忘れない悲しい思い出です。
思い返して感じるのは、小さなコミュニティは、力を持った誰かの判断や価値観に支配されやすいということです。真実は、見える時が来ます。無事に進学高校に合格しました。
そして、頭が良くてお嬢様と言われいじめっ子のリーダーだった子は、合格できませんでした。
大学に進学して、初めて、自分のやる気や実績を先生や友人に認めてもらうことができ、大学時代は本当に真面目に勉強しました。笑
母親になって更に思うのですが、子供とはいえ、個性もあり、表現が違います。基準など決められないのではと…
私は、自分の子供たちには、勉強ができなくても、たまに友達とぶつかろうとも、生きることに心が折れず、人の喜びや悲しみや辛さに寄り添える想像力を持った大人になって欲しいと願うだけです。
もちろん、発達障害で然るべき治療が必要な場合もあると思います。だけど、一方では、個性や違いを受け入れることができない社会が、発達障害というジャッチを増加させているのではないでしょうか。
子供は、社会全体で育てるべきです。
子供だけじゃない、私も含め未熟な大人たちを育てるのも社会全体であるべきだと私は思うのです。
華金にひとり、wonderingな時間を過ごしてます。笑