無遅刻無欠席
所謂皆勤賞ってやつ。
44年間、人間やってて一度も縁がありません。
そして今日の学校。
今まで無遅刻無欠席でしたが、今日途切れました(>_<)
あと一ヶ月も無かったのに。
朝目覚めたら喉が痛い。
朝食摂って、部屋に戻って
「支度せねば」
体がだるい。
来週は実習組みもいる。
「・・・休もう」
とりあえず校長のケータイに休みますメール、「授業開始前30分に電話します」と書き添えて。
30分後、電話を掛ける。
校長でず。
もう一度掛ける。
やはりでない。
今度は事務局に電話。
「担当者がまだ着てないので30分後位にもう一度電話下さい。」
30分後じゃ間に合わない。
再び校長に電話するも虚しく呼び出し音が続くだけ。
やばい雰囲気を感じて一番学内で世話人な学友にメールを打っている最中に時間over(x_x;)
送信間際にメール着信マーク点灯。
送信してからメールを見たら「いまどこ?」メール。
後から校長がケータイを携帯していなかったとのこと。
まったく間が悪いというか。
関係諸氏の方々には真に申し訳なくご迷惑をお掛けしました。
その後、就寝。
具合が悪い時特有の浅い眠りで夢ばかり見ていました。
今年の夏に急逝した叔父と、4,5年前に亡くなったその叔父の妻(叔母)の優しい夢を見ているときに
「夕ご飯食べられるでしょ?」
と母。
時計は午後5時をまわった所。
その後、夕食摂って部屋に戻って何気なくケータイ見たら、メール3通。
ケータイは外出時は完全マナーモード(音・振動共にOFF)のままだったので気づきませんでした。
校長と学友からのメールだったので返信を入力してたら、階下から母の声。
いってみたら、疎遠になっていた柏の従兄弟が着ていました。
幼少期は頻繁に行き来して、夏休みには一緒に母の郷里に遊びに行っていました。
「お兄ちゃん」と慕ってくれていました。
疎遠になったのは一方的に私の方の都合で、特に就職してからは親戚づきあいする余裕が全く無く、姉の一家が週末に集まっても顔も出さない状態でした。
会社関係でも入社2年目で
「もう嫌われるなら嫌われてもいいや。仕事さえちゃんとこなせれば良い」
なんてプッツン振り。
与えられた仕事をこなすので精一杯だったのです。
付き合いが続いていたのは、高校時代の放送部のメンバーだけでした。
その関係も退職する一年前位から、お誘いも断り孤立した日々が2年くらい続いているでしょうか。
今年は祖父・叔父と続いて無くし、無職な息子を抱え母が精神的に参っている様子が顕著だったので、先日柏の叔母に連絡した時に従兄弟に代わってもらって、自分の現状を詳らかに吐露して「これからは連絡を取り合おうね」と、これまた一方的に話したのでした。
そのことがあって、今日は来てくれたのでした。
その従兄弟は大変良い奴で、現在の社会は良い奴ほど痛い目を見るわけで、社会に出てから相当苦労したそうです。
現在も恐慌的な経済情勢の中、もろに荒波を被っているようです。
今日、私は自分に一番欠けているもの。
人付き合い
これを少しずつ改善して、より多くの人と良い人間関係を築いていく事
これを人生の目標の一つに掲げようと決心しました。