8月17日(生後2日)
朝方、術後の痛みがひどくなりあまり眠れなかった。
その日私は幸運にも娘が搬送された病院に転院させてもらえた。
昼食を食べてから旦那の車で転院先へ。
術後2日目の体には車の揺れも酷暑もかなりしんどかった。
まだ頭はすっきりしない。
旦那が入院手続きを済ます間、私は病室で待機。
担当の女医がやってきてなんだかいろいろ話してるけど、
わけのわからない涙がでてきて答えるのがやっと。
なんで私ここにいるんだろ。
慣れない場所にいるストレスでいっぱいだった。
でもここなら隣の病棟に娘がいる。
面会時間までそわそわした。
私がおととい産んだ子はどんな顔、どんな様子でいる?
見たらどんな気持ちになるのか、こわかった。
旦那が手続きを終えて、面会時間までまだ時間があったけど早めに合わせてもらえた。
PICUの一番奥、ベッドではなく機械がたくさんついたケースの様なものに寝ていた。
体はたくさんのケーブルに繋がれていて、お腹には何本かドレーンが入っていた。
緊急事態のために胸骨は閉じずに二本のボルトの様なもので固定され、動く心臓が目視できる状態だった。
ペースメーカーも入れていた様だ。
写真で見た生まれたての血色のいい丸々した赤ちゃんは、血色がなくだらんと脱力して別人の様。
看護師さんはとにかく大変でしたねと
気遣ってくれ、
ベビーちゃん手術がんばったのよと励ましてくれた。
別の看護師さんに「生まれるまで異常はわからなかった?」と聞かれ、
分からなかったことがよかったのか、
悪かったのか私はいろいろ考えてしまった。
ベビーちゃんの母親として迎えられたけど、
まだ母親になった実感はなかった。
人差し指で恐る恐る頭や頬をなでたけど
なんだか虚しい気持ちだった。
まだ抱っこしてあげられてない。
一番近くにいたのにね。
私がママだよ、生まれて来てくれてありがとう。って抱っこして伝えたかった。
この2日であっという間に遠くに行ってしまった気がした。
このときなんとも言えない少しだけ冷めた気持ちでいたかもしれない。
たぶん自分を守るため。
傷つかずに済む様に、心のぐちゃぐちゃした部分に蓋したみたい。
溢れ出てくる感情に触れない様に。
離れ離れになった私たちを気遣って、
しばらくは面会時間外も会いに行かせてもらっていた。
面会者が誰もいない薄暗い夜のPICU。
ただ静かに見つめて。
たまに話しかけて。
ママだよー。。。
抱っこできなくてごめんね。
一人でがんばったんだよね。
ゆっくりでいいから元気になろうね。
それでこれからいっぱい楽しいことしようね。
深く深く眠ってるベビーに話しかけた。