新幹線の中で少し時間があるので
シングルでいるということについて
書いてみようと思う。
世の中には色々なタイプの人間がいる。
私はシングルであり、いきている。
寂しさを感じる時もあれば
その自由な生活とともに羽ばたいているときもある。
人間とはそういうものである。
例えばパートナーがいるときも同じような葛藤がある。
一緒にごはんを食べ、時間を共有しながら、意見を交換したり、若い時には頼り頼られる安心感もあったり。
(今から考えると、若かれしための根拠のない強さであり、idealからきた気持ちでもあるのかもしれない。 悪くない。)
ただし反対もある。束縛感、一人旅を自由にする際に相手に文句がきて怒ってみたり、一緒に旅に出てみたらケンカして別々に帰ることになったり。(笑) イライラなど。
これは相手が悪い自分が悪いの問題ではなく、合う合わないである。二人の期待値と現実の相違でもある。
そんなもんだ。
互換性が高い人に会う方がラッキーである。
色々と考えてみると、、、
やはり私は一人でいることが好きである。
確かに昔から、変人扱いされていた。
好きは好きだが、当然自らの孤独感や、自らの一人間としての存在について考え、押しつぶされそうになる夜もある。
自らがいなくなってしまえばいいのにと考えることすらある。
それは束縛感で押しつぶされる、妥協して付き合い続けるときの絶望感にも似ている。
でも、それはそれでいいのだ。 たまにやってくるものだ。
そういえば子供は昔から欲しくなかった。これは十代のころから一貫している。
存在云々について考えるのは暇なときだ。 私が子孫を残そうが残すまいが、続くときは続く。人類皆兄弟である。
どれだけのso-called無名の人間がこの世をさったか、しかしながら彼らは存在した。
悩みもあり幸せもあり。
ただ一つ言えるのは、私は次世代が住みやすい世界を残したい、それは思う。少しでもどこかで協力できたらと思う。
シングルに話を戻すと
一人で旅をすることは好きだ。
家から1日も出ないですボーっとすることもある。
一人で出前をとって食べるのも好き。
大満足だ。
シングルであることで付随する、生活に対し80%はポジティブイメージがある。
人が嫌いではない。 一対一で話す場はありがたく思う。
ただ基本は一人でいることが好きなのだ。 だからこのステータスだ。
結局は生まれてきた限り、死ぬのであるが、それまでの間どう生きるかは個人の勝手である。
こうあったから幸せ、という方程式はない。
マーケティングじゃないからね。
そもそも、安定した幸せな家庭などは存在しない。 というか、皆色々抱えているのだ、ファミリーであろうが、シングルであろうが、カップルであろうが。
苦境があり、だからこそcontent満足する時間があり、vice versaでもある。
苦境がないと幸せな瞬間も感じられない。
そう、だから今日も幸せな瞬間も感じ、苦境も感じ、それを繰り返し、堂々と生きていくのだ。
結婚したから幸せ、シングルだから幸せ、離婚したから幸せ、不倫をしたから幸せ、子供がいるから、いないから幸せ、ではないのだ。
それはただのrelationship statusであり、life statusである。
皆それぞれの瞬間を楽しみ、苦しみ、学び、分かち合い、を続ける。
この世を去るまで。
ステレオタイプはくだらん。
但し、ステータスが同じであろうが異なろうが、周りにいる人間対する、empathy であったりcompassion は大切にしたい。 もちろん自らに対してもだ。
選んだ一人でいる生活の中で、日々学び、何かあったら他人も助けられるそんな人間になれりゃあっぱれなんでないかと思う。
結局シングルって話からづれてしまったが、
結局はそういうことだ。
よいよい。 そして、今日も皆生きていく。
まあ、それにしてもよい天気であること。
