退院その後のつづきです。
研究生の質問に
私はすぐには答えられませんでした。
う~ん と唸ってしまいそうな質問です。
だって、即座に、「いやいや私はNOと言ってます」とは言えませんでしたから。
そういうことなんかな。
母のマニピュレートの支配下におかれて、
たしかに私は大きくなったんですが、
どうしても それが続いているんでしょうよね。
そして母の『ご機嫌』をいつも伺っていて、
それが損なわれないようにと、
先手、先手で 手回しをしてしまうようなことしてるんですね。
それでも、母の逆鱗に触れてしまえば、
コロリと私が潰れる構図なのデス。。。。今回のように。
とにかく この関係の不健全さ。
ねじ曲がって 異常な状態。
歪んだかたち。
それをどうしたらいいかというのは、
私が薬を服用することでも 母を隔離することでもないのです。
私が母にNOと言えることが第一歩なのです。
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そういえば、去年の冬に、娘が休暇で帰ってきた時にも言われました。
いつものように、母が『天岩戸』で部屋におこもりになってしまったので、
私がストレスためていた時でした。
「そんなの ほっときなさいよ!!」
わかっているんだけれど、
どうしてもオロオロしてしまう、というか、
すっごく疲れるんです。
また、そこから『私が』出さなければいけない。
そして 『私が』 カウンセラーをして、
『私が』母の機嫌を持ち上げて、
『私が』 お粥をこさえて、
『私が』『私が』『私が』・・・・・・・・・と。
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そこでまた、 ハッとするのです。
ああ、また完全主義者やっちゃってる
自分の残された人生の目標は、
脱完全主義、
自然体
なはずなんだけど、
やっぱりダメダメです。
すると思考は更に際限なく落ちていきます。
3男が完全主義で自分を愛せずに逝ってしまったのは、
私のせい・・・・
そして、ベソをかきます。
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苦しいね。
それでも一日一日を 生きていかねばならないのだから、
当面の目標として
NOと言える勇気を学ばなければ。
すべてはそこから始まるんでしょう。
できるかどうか わからないけれど。