なんだか 暗いな。このところ。

別に一日中泣いてるとか、

ずっと堕ちてる、っていうのではないです。

でも前の記事みたいに、

息子の事、いなくなった日のことに思いがいくと、

まるで、突然目の前から消えてしまって、

でもきっと理由があるんだと考えて考えて、

でも何も気がついてなかった自分に嫌気がさして、

どうしてもどうしても納得できなくて

なんでもっと踏み込んで話さなかったのかと考えて、

私のことやっぱり怒ってるんかなと思って、

きっと言葉の行き違いもあったんじゃないかとか、

誤解して私のこと悪くとってたかもとか、

ぐるぐる回って、、、、

暗いよ。自分

 

 

たぶん 多くの遺族の方が

同じように苦しんでいられるんだと思うけれど、

つまりは、「消化」できていないんだと思います。

現実は現実だから受け入れなくてはならないけれど、

これは3男の決めたことなんだからリスペクトするけど、

でも なんでそうなるんかな…っていうのが

私の頭の中で理解できないんデス。

そして、

そこまで思い詰めていた君のこと、

何もわかってなかったじゃん…ってまたガックリきます。

 

 

そこで考えてました。

離婚裁判が始まって、来る日も来る日も、

毎月毎年、裁判裁判だった当時。

何十回行っても慣れることはない裁判聴聞と

すべて異国の言葉で対応しなければならないストレス。

四面楚歌におかれたようで、

本当に苦しかった時期です。

そんな時に、たまたま知った故森繁久弥氏の言葉がありました。

うつ病に苦しんだ故竹脇無我氏にあてた手紙です。

竹脇無我氏も 父親を自死で亡くされているんですよね。

多感な時期に。

そして彼の人生がその影響を受けて、

(とくに彼が父親が亡くなった年49才になった時も含めて)

長く苦しまれていたということを聞くと、

いたたまれなくなります。

 

 

「いつくしみ深きむがさまへ
 待てば海路の日和 といいますが、長い間、待ちました。
 まずはいいお手紙です。私も目がひらきました。
 無我がくさってると、私も、だんだんくさります。
 元気に生きましょう。私も、あと残りの少ないいのちです。
 笑って、頑張りましょう。
 ユダヤの格言の中に、
 人間はないてばかりでは 生きられない、
 また笑ってばかりでも 生きられぬ
 と云うのがあります。
 交互にやればいいでしょう。
 太陽にだってそれがあります。
 ましてや人間にだって。
          三月十日久弥」

 

 

この「交互にやれば」の言葉に

当時の私はとても救われました。

自分が目指すところの、「無理せず」「自然に任せて」生きるというところに

近いものを感じたからだと思います。

忘れたわけではないけれど、

この言葉を もう一度引っ張り出して、

自分に活をいれたいなと思いました。

3男を思わない日なんてないし、

泣かない日はありません。

暗いんだけれど、

楽しいのも大好きですし。

3男のお葬式の前日には、

娘と二人で彼のコスプレを試着して、

夜中に大笑いしていたくらいです。

(ま コレは、

そうしていなければいられなかったというのもありマスが…(/_;)   )

 

交互にやりながら、

時間を受け入れながら、

明日へとフネ漕いでいきたいと思います。

ただ消化ができない部分がどうしても残っていて、

それをどうしたらいいのかというのは

私の残りの人生に残された宿題なんですかね。