人間は、分かり合えるために言葉があるのだけれど、

それが十分にできないうちに、

3男は旅立ってしまいました。

もっと君と話がしたかったよ。

もっと笑いたかったよ。

もっともっと一緒に生きたかった。。。

みんなが悔しくて、悲しくて。

けれどその想いが自然に形となって、

固く抱き合っていた、そんな時間は、

きっと魔法のしわざだったのかもしれません。

 

ロビーに出たあともその余韻は残っていましたが、

それは長くは続きませんでした。

建物の外にハラ男の姿が見えていました。

この日は彼のたっての希望で、

『環境にやさしいダンボールの棺』を3男に使わせると決め、

知り合いから運んでくることになっていたので、

鉢合わせするのは想定内のことでした。

子どもたちも全員いるし、私がロビー出口のドアの鍵を開けました。

こんなことではあるけれども、父子久しぶりの対面なので、

父親が頬よせ挨拶をするのに その時は反発する子はいませんでした。

狭いロビーに、

離婚前の家族とアンナがいる形です。

「これから皆 何するんだ?」

ハラ男が聞きました。

本当は、今日中に式に使う写真を用意したり、

まだやる予定が詰まっていました。

ただ、これから何回あるかないか、

こうして子どもみんなとハラ男が一緒にいる状況で、

私は3男の葬儀をどうにかうまくできないか、

皆で話し合えないかと思ってしまったのです。

そして私が切り出したのです。

それがとんでもないことに発展するとは考えずに。

 

「ちょうど皆んなここで揃っているから、

話したいんだけれど、みんなで。

(ハラ男に向かって)

ナタリが何か変なメールを受け取ったと言っているけれど、

それはどういうことですか?」

 

すぐそこの部屋の中には、3男がいるわけだし、

私は本気で話合おうと意気込んでいました。

3男が喜ぶであろう葬儀にしたいと、

必死に考えていました。

そして、神経を逆なでることなく、

真摯に話し合えば、必ず解決策は見つかると思っていたのです。

しかし、ハラ男がすぐさま、でくの坊らは葬儀に来させない、などと言い出し、

それに対して、1女が反応してしまったのです。

 

「あんたは、過去のことにしがみ付いてるだけで、

3男のことなんか考えてないじゃないっ!」

「お前は何だっ。親のことをクソ呼ばわりしやがったくせに、

しゃしゃり出てくるんじゃない!」

「私はあんたの娘じゃないわけっ?!」

「ゴミだっ!」

 

この時点で、1女はハラ男の真ん前で、真っ赤になって泣いていました。

さすがに私がシマッタと思っても、

火のまわりがあまりにも早すぎました。

 

あせったアンナも、仲裁に入ろうとすると、

今度はハラ男はそれにも噛みついてきました。

 

「お前の母親も母親だが、お前も同じだ。

売女めっ!」

「何ってこと言うの?!」

 

アンナも火を鎮めるどころか、

感情に手りゅう弾を投げ込まれて、

号泣しはじめるのです。

 

私は自分が口火を切ってしまったことが、

みるみる酷い戦場のようになって、

あわて、 オロオロしながら繰り返します。

 

「みんな静かに。3男がそこにいるんだから。」

「私は 冷静に話し合いをしたかっただけなのよ…」

「落ち着いて…」

 

もはやどんな言葉も効き目はありませんでした。

興奮している彼らの周りをうろついて、

ピエロのように飛び跳ねたり手を動かしたりして、

何とか緊張をほぐそうとしましたが無駄でした。

狭い空間で、当たり前のように誹謗が飛び交い、

想像を絶する罵倒が繰り広げられていたのです。

ところが、万事休すのタイミングで、

2男がつかつかと前に出て、ハラ男に言いました。

 

「落ち着いて。

外へ出よう」

 

 

 

        

 

 

 

1女もアンナも、

感極まって、車の中へ避難していました。

最後は私も車に戻りました。

2男はおそらく30分以上は ハラ男と外で話していたようなのですが、

結局はそれも 決裂したようでした。

車に戻ってきた2男は 涙をぬぐいながら言いました。

「あいつは、腐ってる」

 

すべて私のせいなのです。

あんなことを言い出さなければ よかっただけなのです。

殊更、3男のいる所で、あんなひどい罵詈雑言が交わされたこと、

子どもが父親に対して、そんな言葉を使わなければならなかったこと、

すべてに対して、悔やまれました。

話せばわかる? 3男のためだから?

本気でそう思っていた私は、

浅はかだったといわざるをえませんでした。