ハラ男はその後、何度か電話をかけ直してきました。
「3男の電話番号は何番だ」
「警察の担当者は誰だ」
「彼は何を着ていたのか」
「友達は・・・」
私はできるだけ丁寧に
彼の質問には答えていきましたが、
だからといって何か事態が変わるはずもありません。
「俺は足がガクガクしているよ」
「私もです」
「俺は何がどうなってるのかわからない」
「私もです」
緊急状態にあるのは、ハラ男だけではなく、
全員がそうなんだというのを示すために、
敢えて私はそう答えていましたが、
それは半分事実でもありました。
D村の警察との電話が終わった後、
もしも最悪の事態が本当にあった場合のために、
私は腹をくくるより他にないと観念はしました。
けれども、もしかしたら、
生まれてこの方経験もしたことのない、
途轍もない恐ろしい何かが迫ろうとしているかもしれないのに、
どうして尋常でいられるでしょう。
「これ 美味しいわよ~、食べなさいよ~」
母がノーテンキな声で呼びますが、
さすがに何も喉を通りそうにありませんでした。
警察の約束まではまだ時間があったので、
せめて、身を清めて心を落ち着かせたくて
お風呂場に駆け込みました。
強めのお湯に打たれながら、
- やっぱり、未だにはっきりとした知らせが何もないってことは、
警察に行ったって別人だった、なんて可能性は絶対あるよね。
でも、あの言い方はやっぱり普通じゃない…
私の頭の中では、いろんな思いが交叉していましたが、
嵐や強風が吹いたって、
絶対に散るまいと枝にしがみついている葉っぱのように、
どんなに際どくても まだ望みはあると自分に言い聞かせていました。
私は御まじないでも唱えるように、
何度も何度も「大丈夫」とつぶやいてみました。
そして、少し長めのシャワーを終えて、新しいシャツに袖を通し、
約束の時間にはまだ余裕があるのを確認して、
ドライヤーで髪の毛を乾かし始めました。
その時でした。
突然インターフォンがけたたましく鳴ったのです。
私に呼ばれて、1男が応答しました。
「A街警察のものです。」
まったく予期もしないタイミングでした。
しかし即座に、私はすべてを理解しました。
かすかな望みと期待が消滅した瞬間でした。
一番恐れていたことでした。
最悪のケースを否定するために
街警察からの連絡がないことが最後の砦だったのです。
けれど、ついに『死刑執行人』が現れてしまったのでした。
時計は、14時をまわっていました。
最後の一葉が散ってしまいました。