■つぶやき 今住んでいるのは人口五万程度の街なので、
いわゆる大都会の便利さはすべてないかもしれませんが、
暮らすのに小さすぎず大きすぎず、私のリズムには丁度合っています。
3男の眠っている墓地はその街の中ほどにあり、
家からは車で五分で行ける距離にあります。
こんな便も、この街だからこそ。
なかなか有難いと思っています。
足腰が衰えないよう、母を歩かせるため毎朝外出するのですが、
3男のことがあって以来は、墓地もその目的地に加わりました。
最初のうちこそ勝手がわからないで、
汚れをとれなかったり花を枯らしたり、いろいろありましたが、
今は道具の場所も使い方も 『バッチリ』、
毎朝通っては花壇の手入れをして、
3男との会話を続けてオリます。

ところで、それだけ通っていると、
墓地ではどんな人が働いているのやら、どんなリズムで動いているのやらと、
来なければ知らなかったようなことも
だんだんわかるようになります。
意外に多くの人が出入りしている事にも驚かされます。
すれ違う人とも挨拶するようにもなるし、
毎日のように会う顔も出てきます。
今日は、少し離れたところにある亡き夫のお墓に来る70代くらいの女性でした。
亡くなって7年経っても毎日2度はここに来る。」
「48年連れ添った純愛だった。」
「悲しみはどんなに経っても癒えることはない・・・」

昨日の中年の紳士は、二年前に亡くなったお母様を、
今でも毎日お参りしている方でした。
こんな場所でもまた、
それぞれの物語を見聞きしたり、話したりすれ違ったり。
こういうのって、『お墓友達』っていうんでしょうかね。
なんだか滑稽ではあるんだけれど、
イヤな気はしてないデス。
明日はどの顔と会えるのかな、と思っています。



 3男のお墓と花壇です。
 

では 本文もつづきます。
 

 

 

ハラ男はその後、何度か電話をかけ直してきました。

 

「3男の電話番号は何番だ」

「警察の担当者は誰だ」

「彼は何を着ていたのか」

「友達は・・・」

 

私はできるだけ丁寧に

彼の質問には答えていきましたが、

だからといって何か事態が変わるはずもありません。

 

「俺は足がガクガクしているよ」
「私もです」

「俺は何がどうなってるのかわからない」

「私もです」

 

緊急状態にあるのは、ハラ男だけではなく、

全員がそうなんだというのを示すために、

敢えて私はそう答えていましたが、

それは半分事実でもありました。

D村の警察との電話が終わった後、

もしも最悪の事態が本当にあった場合のために、

私は腹をくくるより他にないと観念はしました。

けれども、もしかしたら、

生まれてこの方経験もしたことのない、

途轍もない恐ろしい何かが迫ろうとしているかもしれないのに、

どうして尋常でいられるでしょう。

 

「これ 美味しいわよ~、食べなさいよ~」

母がノーテンキな声で呼びますが、

さすがに何も喉を通りそうにありませんでした。

警察の約束まではまだ時間があったので、

せめて、身を清めて心を落ち着かせたくて

お風呂場に駆け込みました。

 

強めのお湯に打たれながら、

- やっぱり、未だにはっきりとした知らせが何もないってことは、

警察に行ったって別人だった、なんて可能性は絶対あるよね。

でも、あの言い方はやっぱり普通じゃない…

私の頭の中では、いろんな思いが交叉していましたが、

嵐や強風が吹いたって、

絶対に散るまいと枝にしがみついている葉っぱのように、

どんなに際どくても まだ望みはあると自分に言い聞かせていました。

私は御まじないでも唱えるように、

何度も何度も「大丈夫」とつぶやいてみました。

そして、少し長めのシャワーを終えて、新しいシャツに袖を通し、

約束の時間にはまだ余裕があるのを確認して、

ドライヤーで髪の毛を乾かし始めました。

その時でした。

突然インターフォンがけたたましく鳴ったのです。

 

私に呼ばれて、1男が応答しました。

 

「A街警察のものです。」

 

まったく予期もしないタイミングでした。

しかし即座に、私はすべてを理解しました。

かすかな望みと期待が消滅した瞬間でした。

一番恐れていたことでした。

最悪のケースを否定するために

街警察からの連絡がないことが最後の砦だったのです。

けれど、ついに『死刑執行人』が現れてしまったのでした。

時計は、14時をまわっていました。

最後の一葉が散ってしまいました。