その冬は、それに加えて、

大きな動きがありました。

当時3男は、兄の2男と同じく

地元の高校の理数コースに通っていました。

一年目は兄と同じ学校でもあることだし、

そのまま 「大事は起こらず」過ぎたのですが、

問題は2年目でした。

 

もともと3男は理数科志望でも何もなかったのですが、

たっての 「ハラ男の希望」により

2男と同じく 理数科では定評のあるその高校に

通うことになっていたのでした。

ただ入学時に

その学校を3男が受け入れた唯一の理由というのは、

その高校では週に一回だけ 美術の選択科目があったからでした。

しかし、だからといって、

自分の志望していない教科をこなすことが、

3男にとっては明らかに困難となっていました。

(3男はまったく 理数系ではなかったのです。)

高校の2年目には 悪いことに、

いつもクッション役でいてくれた2男がB市にある上の学校に進級していなくなり、

3男が月の半分をハラ男の家に一人で滞在しなければならないことで、

ハラ男とふたりだけでいる週には 決まって激しい衝突が起こり、

(理数コースを続けさせようとする父親と3男との対立で)

それは もう抑制できないレベルに達していたと聞きました。

 

3男がハラ男の家に行かなくなってすぐに始めたのは、

高校の進路変更の可能性を探ることでした。

すでに3男は まるっきりやる気をなくしており、

無理矢理 理数にぶら下がっていくとしたら、

遅れを取り戻すのには 相当な覚悟が必要だと思われました。

だからといって、文系でもない彼が文系に変わるなど

もっと話のほかと言わざるをえませんでした。

しかし、3男のいちばん行きたがっていた 美術系のコースは

隣接の県へ越境しなければありません。

それに たとえ学校があったとしても、

3男のように高校2年を終了する生徒がコースを変わる場合、

ふたたび 2年生に編入する必要があること、

そしてその可能性も、クラスに空きがあつた場合に限られる、

などと、かなりハードルの高いものだったのです。

 

話がそれるついでなので、

その時の入学申請準備のことを。

その時はとにかく ダメもとで、隣県の学校に

入学申請だけ出してみようということになったのでした。

申請書類は、もちろん通常の学歴や自分の作品などに加えて、

なぜ自分はその学校を志望するのかという手紙も書かなくてはなりません。

その時、私は、

「自分がどれだけやる気があるのかということを、どれだけ説得できるか」

ということを念頭に文章を組み立てるフォローをしていたんですね。

思えば楽しい時間でした。

ことに触れては思い出すのですが、

いつも二人でつながっていた気がします。

少なくとも、一緒の方向を向いていたと確信しています。

懐かしくて、せつないです。

 

そして、そんな努力が功を奏してか、

3男は 家から車で1時間半ほど離れたC市の高校に

入学を許可されたのでした。

月曜の朝早く家を出て、週は寄宿舎で過ごし、

金曜日の夜に戻ってくるというリズムが始まったのです。

美術コースですから、

週に10時間以上美術の授業がありました。

しかし3男は、

自ら望んだ学校のリズムに満足しているように、

私の目には映っていました。