3男は4人兄弟の末っ子でした。

まだ6才の時に両親が離婚して、

以来、彼と兄2男の二人は

父親の家と母親の家とを一週間おきに往復するという生活を

余儀なくさせられていました。

 

ただ、16才の冬、

父親の家から戻った夜に

3男が泣いているのでした。

「もうパパの家に行きたくない…」

聞けば 父 ハラ男との間で喧嘩が次第にひどくなる一方で

もう耐えられない、というのです。

初めて見た 3男の涙でした。

 

ただ 私がその時に言えたのは、

18(成人)になるまで、あと 数えるほどなので、

あと少しだけ我慢すればいいのでは、

という主旨のことでした。

その時の彼の顔は忘れられません。

それまで弱っていた態度が 俄然むきになって、

喧嘩腰のように、

我慢なんて不可能だというのです。

 

それならばと、

現状で決められている判決を変更するには、

ふたたび裁判をはじめて

判事にわかってもらわなければならないが、

それには、時間もエネルギーも

相当覚悟しなければならないという話になりました。

正直にいえば、私はその時点で

10年にもわたって続けられていたハラ男との裁判で、

ほとほと疲れきっていたので、

そこに また新しい裁判を起こすというパワーは

残っていませんでした。

しかし、それを承知でも、

3男は 裁判を始めたいと言い切ったのでした。

 

結果、裁判、呼び出し、3男の聴取、やり直し… etc. など

想定されていた行程、時間を経て、

8ヶ月後には 彼の意見が認められて、

正式に 3男は 母親である私の監護下となったのですが、

実際には その冬以来、判決も待たずに

3男は ハラ男の家に二度と行かなくなっていたのでした。

つまり ハラ男は2年以上も 3男とは会っていなかったのです。