K DUB SHINE
本名:各務貢太
1993年、ZEEBRA、DJ OASIS等と共に自らがコンセプトをまとめた“キングギドラ ” を結成。 一躍シーンのトップになった。社会意識の高いメッセージ、多彩なボキャブラリーとスキル(業)は、その後の日本語ラップの完成形を創ったとも言われている。
97年、カッティング・エッジに移籍。アルバム『生きる』や、2001年9月発売のミニ・アルバム『セイブザチルドレン』では、若者たちや社会に熱いメッセージを送っている。
2002年には “キングギドラ ” が復活し、再び衝撃を与えた。また映画『凶気の桜』で、自身初の音楽監督を務めるなど、精力的に活動をおこなっている。
東京、渋谷で生まれ育つ。10代後半ストリートの裏側をさまよい、身を持って
現実を体験、前向きに生きることに目覚める。 その頃、N.Yに端を発する
ヒップ・ホップ・カルチャーに出会う。
Run-DMCの時代からラップ、ヒップ・ホップに のめり込み
KRS-One,Rakim,Chuck-D等の思想、哲学に触れ、MCに なることを決意、
ライムを書き始める。約8年に渡るアメリカ生活で、Elements Of Change ,
The CoupやSouls OfMischief等HYEROGLYPHICS一派と交流を持ち、本場での
Hip-Hopを体験、数々の経験を積み、確実に活動の幅を広げていく。
'93年帰国後、旧友Zeebra,DJ Oasisと共に、自らがトータル・コンセプトをまとめた
グループ、“キングギドラ“を結成。彼等独自のメッセージ性、 そしてR-Hall,Cave,
Yell-ow等でのライブ・パフォーマンス、ストリートに出 回ったデモ・テープ等その
完成度の高さが、業界関係者含む多方面で 話題になり、活動は益々活性化。Ed O.G.&
Da Bulldog-s,Craig Mack等アメリカの著名ラップ・アーティストの来日公演でフロント
・アクトを努め その実力を発揮、ライムスターのアルバムへの客演等を経て、'95年
キングギドラ名義のアルバム『空からの力』でデビュー。それまでの日本語ラップ の
概念を根底から覆し、史上に残る名盤として高い評価を得る。
その後も、D.I.T.C,Def Squad,Das Efx等N.Y.ヒップ・ホップのベテラン勢のフロント・
アクト、ロック・バンドSuper Stupidとの共演や、東京晴海 での大規模ミュージック・
イベント“ナチュラル・ハイ”への出演等、積極的に活動、確実にキャリアを積み、幅を拡
げその名声を不動のものにする。
'96年夏、ECD監修によるコンピレーション・アルバム『さんピンCAMP』に、K-Dub Shine
& Dj Kensei名義で“機能停止”を提供。時を同じくして、 日比谷野音での同盟イベントに
も参加。これを機にグループとしての活動を 一時停止、ソロ活動に力を入れ始め、Nas来日
公演のフロント・アクトでは K-Dub Shineソロとしてパフォーマンス、格の違いを見せつけた。
何といっても彼について特筆すべき点は、その洗練された韻(ライム)表現にある。
多彩なボキャブラリーを駆使し、複数の音節で韻を踏む技術は 、詩に特有のリズムを生
み出し、言語のもつインパクトを最大限表現することに成功。その後の日本語ラップを見て
も、彼のライム・スタイルが 日本語での韻を完成型に導いたことは明白であろう。
そういった独自のライムを用い、あくまで文学的にラップする彼のメッセージは、常に妥協
や不正を許さないという厳しい姿勢を有し、多くのものには 耳が痛く感じられるかもしれ
ない。しかし、何かが変わる時には何らかの痛みが伴うもの。より良い未来を迎えるために
戦うという姿勢が、ヒップ・ホップ の哲学であるなら、K-DubShine彼こそがヒップ・
ホップであると言えよう。
代表曲は説明不要 feat.Rhymesterです。
