「私の王子様になってくれませんか?」
抱きついてきたのは見るからに綺麗な女性だった。分類するなら可愛い系。細い腕に白い肌、一目見たら忘れられない。
「ちょっと!華純ちゃん。急に走ってどうしたのさっ。」
「ごめんなさ~い。でも、素敵な王子様に一目惚れしちゃったの♪」
「王子様ぁー?……うわっ。」
華純ちゃんと呼ばれる彼女を追ってさっきまで遠方にいた群がりが一斉にこちらに向かって来た。
ファンの男性陣はジロジロと自分を舐め回すように見る。明らかに睨みながら。そしてファンの女性陣からは黄色い声が湧く。
「ねぇ~。いいでしょ?王子様になってくれるでしょ?」
「え?いや、あの…。」
助け舟を求めて大喜に目を向けると、隣にいたはずの大喜はいつの間にか群衆に群がり離れていった。
(大喜…?)
その背中を見つめ、増え続ける群衆に目眩を覚える。
「…えっと、ごめんね?自分は華純ちゃんには不釣り合いだから…他当たってくれるかな?」
丁寧な断りをしたと思った。しかし、周囲の反応はおかしかった。
「えっ…断るの?今まで誰からも断られたことないのに、断るの?」
「うん…?」
華純ちゃんは大きな目を見開いてじっと自分を見つめる。
「そ、んな…っ…。」
ぽろり。と、涙が零れた。
「おい!華純ちゃん泣かすなんて最低だぞ!」
「いいご身分だな!断る理由なんてないだろーが!」
「華純ちゃん泣かないで!」
怒号が飛ぶ。
(なんでこんなに矛盾してるんだろう。)
結末は二本の道で変わる。
一つ目は彼女の提案を呑み、『王子様』とやらを付き合う。それによっては子鹿さんや大喜…それ以上の人達に迷惑がかかるだろう。
二つ目はやはり彼女の提案を断る。これは今みたいに彼女のファンからのブーイングは必須であり、後後面倒だ。…どちらにしてもいい気分で終わることはないのだと容易にわかった。
(でもおかしいじゃん。さっきまでお前らは自分の事が目障りだと見ていたくせに、今はくっつけって…馬鹿だよ。馬鹿だよね。…自分。)
『コワレソウ』
昔の自分が呟いた。
ごめんなさい。やっぱり、むりだよ。
「すみませーん。うちのモデルがお騒がせしていたようで。」
「…っ!」
頭に優しく掌が包む。知ってるこの声…。助けてくれたのは子鹿さんだった。
「巷で有名なコスプレイヤーの烏桓華純さんとお見受けしました。合ってますよね?」
「あなたは?」
さりげなく子鹿さんは自分から彼女を引き離して笑顔で対応する。
「僕はこういうものです。こちらは僕の専属モデルでして、スケジュールもあるので、勝手な勧誘は控えてもらえませんか?」
「子鹿麗句、ね。覚えた。でも、まだその子新人モデルでしょ?顔見ただけで名前が出てこないもん。スケジュールがあるなら失礼しました。けど、こっちは仕事を提供してるようなものですが?」
「へぇ…?それは聞いてみなければ何とも言えませんね。」
多少ピリピリした空気が流れる。が、しばらく彼女と子鹿さんが少し離れた場所で話をし、戻ってくると彼女の提案を呑むと言う結果になった。子鹿さんの承諾が出たのならしょうがないと思い、ファン一同も仕事ならと身を引いた。
「今度、コスプレのファッションショーがあるの。今回のテーマは「王子と姫」。参加条件はテーマ同様に王子様とお姫様で出場だから、私の王子様探してたわけ。詳しく話しもしないで急に飛び込んでごめんなさい。」
「いえ。ちゃんと誤解が解けたのでいいです。それで、あの…。」
「なぁに?」
「『コスプレ』って…詳しく、…更に言えば微塵も知らないんですけど…。いえ!覚えるんでご指導お願いします!」
本当に無知な自分を埋めてしまいたい。頬が熱くなる中で、深々とお辞儀をした。
「あ、大丈夫だよ。私の言う通りにしてくれれば。…そう言えば名前、聞いてなかった。」
「はい、明夜涙。です。」
「涙、ね。可愛い名前。私は烏桓華純。立派な王子様になってね♪」
「というわけで、涙。これからいろいろ烏桓さんと打ち合わせするから、涙は帰りな?疲れたでしょ?」
「あ、ありがとうございます。それじゃあ…失礼します。」
子鹿さんの気遣いの言葉を聞き、たった数十分の出来事でどっと疲れが現れたのを知る。たくさんの人の目を感じてしまったからだろう。
「そういえば、大喜…何処行ったんだろう。」
半ば大喜を探しながら家に帰る。が、結局大喜とは会うことは出来なかった。
自分が何か悪いことをしたのだろうか?触れてはいけなかったのか?自問自答の末、過去の記憶が遡る。
『…俺の事は何も聞くなよ。』
「あ…。そっか…模索禁止か…。知らないこと知っちゃダメだもんね。」
反省しながら、次に会う日は何を話そうか。と未来を想像しながら時間は過ぎていった。
「…じゃあ大喜は何に興味あるの?」
突然の質問に思考が歪む。
興味…?興味ってなんだ?
好きか嫌いかで分類するなら好きの方で、自ら進んでそれを知りたくなる。それが興味だろう…。
今俺が興味を持っているのは、…──
「………なんだよ急に…。」
戦慄が走る。何故かはわからない。ただ、これ以上考えてはいけないんだと全ての神経が留めにかかった。だからあいつに冷たい言葉を放つ。
その後は何が起きたかわからない。気付けば人混みの中で佇む。
ぽつんと道の真ん中に立っているというのに誰一人としてぶつかることなく通り過ぎていく。まるでこの空間だけがぽっかり空いているように。
「俺は最低だな…。」
あの時のあいつの顔を思い出す。哀しそうに俺を見つめて言葉を失っていた。そうさせたのは俺だ。
「…あんな顔もするんだな。」
夢の中では笑ってばかりの『道化師』も、現実に来れば普通の人に成り代わる。
でも、どんな姿でも…どんな顔でも…俺はお前の側から離れない。
『君はおかしな人だね。人は普通飽きるって事を覚えるのに。』
もちろん。お前以外に関しては全て飽きた。
「俺はお前以外に興味はない。」
暇なときは散歩を。って意味のわからない教訓を胸にふらふらと景色を見渡す。
「やっぱり自然が一番だよね。」
都会の空気はどうも窮屈で、自然を求めて、緑生い茂る広場へと足を進めた。
「?…騒がしいな…。」
いつもとは違う雰囲気に釣られ騒音の原点へ向かった。
「すみません。どうしたんですか?」
なにやら怒号が交わされているようで、喧嘩か?と思い野次馬と思われる人に聞く。
「あー、なんか知らないんだけど、コスプレで有名な華純ちゃんの断りを誰か知らないんだけど断ったっぽくて、ファンが激怒してるみたいですよ。」
「へぇ。烏桓華純さんね。」
少しの胸騒ぎ。人混みを掻き分けて前に進めば…
(涙…──)
馬鹿な連中達の私利私欲な言葉に立ち尽くしていた。彼女が何を考えているのか容易に想像でき、そして苛立つ。
(本当に最低な奴らだよね。君が正解なんだ…こいつらが不正解。)
ネジが外れそうな彼女に手を伸ばし、護るように手を添えた。
彼女からは驚きと安堵の様子が見て取れてこちらもつられて安心する。
烏桓華純の名前は知っていた。コスプレをしている人のメイク術は面白くて勉強したこともあったから。そして、烏桓さんを実際見てわかったことは色々あって、「君も変な人生だね」と思わず言いそうになってしまった。これはまだ言わない方がいいよね。
私情も入れてあまり乗り気ではない烏桓さんからの提案を呑む。あくまで涙を一流にするのが目標だから、範囲を広げてみるのも悪くない。
人の目に慣れていない涙にとっていい経験になる。
彼女が好きなら僕だけが愛でればいいだけの話だ。だけど違う。もっとたくさんの人から愛でられ、虜に…魅了して欲しい。そして最後は彼女の目に僕だけが映ればいい。
「それが永遠の証。」
つくづく僕は嫌な奴だ。でも、君をずっと護ってあげる。