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第1話 魔物が牙をむいたとき


あの頃の私は、生きていていいのだろうかと毎日自問自答していた。

 あれから10年が過ぎようとしている。

 相変わらず、例の魔物は私を苦しめている。一歩踏み出そうとすると、容赦なく私の心に侵入して、米粒な心の勇気を食べようとする。ついには私のかけがえのない人にまで手を出して、また治ったばかりの羽を食いちぎる。

 どこまでお前は試練を与える?まだ満足しないか?

 人は誰しも心に魔物を宿している。今か今かと様子を伺い、それは見事に絶妙なタイミングで牙をむく。

そして、魔物は孤独を作り出す。これもまた絶妙なタイミングで。人は魔物が作り出した罠にすんなりはまる。人は妖の孤独を愛し始める。自分だけ苦しめば、自分だけ犠牲になれば。魔物は味を占める。人は人の心を忘れていく。

しかし、そんな魔物にも弱点があるということを知る。それは『ひとりじゃない』と思っている人の心。魔物は仲間に弱い。

『いくら試そうとしても無駄だ。私には味方がいる。お前なんていつか食いちぎってやる。』

 そう思うと魔物は委縮する。魔物が活性化するとき。それは私が、私たちが諦めたとき。

何度でも言い聞かせる。『私は一人じゃない。私たちは一人じゃない。』最高の呪文だ。

 暗闇は、いつまでも続かない。私はようやくそのことに気付けるようになった。足元を照らし、手を離さないでいてくれる人がいる。やはり、ひとりではないのだ。

 『そのままのあなたでいい。いてくれればいい。』

 もしかしたら、魔物は寂しいのかもしれない。存在に気付いてほしいと思って、手を伸ばしているのかもしれない。向き合ってくれる仲間を求めているのかもしれない。そう考えるようになってきた。『私』という仲間を見つけ、自分のものにしようとあの手この手を使って振り向かせようとする。時に猛烈に厳しく、時に猛烈に優しく。

 そんな魔物だから、人は魅入られるのかもしれない。魔物に守られる心もある。しかしそれは、やはり幻なのだ。

 人は現実に生きる。現実は厳しい。社会は日々変わり続ける。それはやがてストレスとなって人の心に重くのしかかる。明日があるさ。綺麗ごとでは済まされない。今日が、今が、現実であって、明日は未来なのだ。1秒先も未来なのだ。未来は誰にもわからない。

 魔物に支配された心は、明日を想像するのが難しい。でも、もっと先の未来は想像させてくる。『もしこの先こんな風にあんな風になってしまったら。』魔物を甘く見てはいけない。

 魔物との闘いは、酷く苦しく、酷く長い。多くの人が魔物にやられ、魔物のもとへと旅立ってしまう。気持ちはわかる。私も何度も魔物に招かれ旅立とうとした。何もかもどうでもよくなって、旅立つ予行練習もした。そして今になって思う。

『本当に楽になれるのか。』答えは分からない。

NOといえた日。それが私にとっての勝利の日。心の底から『ひとりじゃない』と思えた日。それは、私にとっての大きな一歩を踏み出すことができた日。