よく勘違いされるンざんスけど、ミーはあまり本を読まないざんス。

どんなにすーばらしいことを書いていても、読む側(ミー)が「読解力の無さ」と「飽きっぽい性格」のため、読破できないんざんス。

読書よりもテレビや映画が好きだし。何より「刺激」があったのよね、昔のテレビや映画って。


「想像力をつけるには、読書が一番!」なんて言う人がいるが、あたしゃ反対。


じゃあさぁ、平成生まれのガキどもに「昭和のたたずまいが・・・」なんて書いてる文章を読ませて想像できると思う?




ムリ!



「想像力」をつけることは必要だけど、その土台となる「視覚的記録」が無いとムリでっしゃろ。


勉強とかで有名なものや絵画ってのは知っていても、当時の風俗(って書いてるのを見てアダルト系しか浮かばない貧疎な発想の持ち主ほど、自分はデキる人自慢するのは実に興味深い傾向ざんス。私見)やTVの出来事を記憶してる人ってのが同い年に少ないために話がかみ合わないのよね。


で、「当時、どんなものがあったのか?」や「この人の言動や行動が不思議」ってことを観察・調べる楽しさを教えてくれたのは、当然であるが「学校の教諭」ではなく、


『泉麻人』と『ナンシー関』(故人)ざんスねぇ。


日常の風景の中で気にも留めず見逃してる『物件・人物』に注目し、観察・考察が実に新鮮に感じられたんざんスよ。

両氏ともテレビで知り、図書館で「あぁ、あの人の本か」で読み始めたのがきっかけ。


世を忍ぶ仮の中学生のミーには、実に刺激的な本であったざんス。

そして、「ミーにもわかりやすい文章」ってのが好感度アップ!


なにしろ「目のツケどころ」が実に面白い。

同い年の連中は、受験対策も兼ねて小説や文学モノを読んでいたのだろうが、ミーはひたすら両氏の本で「ふむふむ、 くくっw」と楽しんでいたざんス。



時は流れ、ミーも昨日で40歳。


現状は相変わらず苦しいけれど、「日常に隠れている楽しさ」や「未知の世界」を見つけるたびに、一人で楽しんでるざんス。


そんな観察の楽しさを教えてくれた両氏は、ミーにとって実に『利を教えてくれた』人ざんス。


読者諸氏の場合は、どんな人の影響を受けてるざんスか?





どーよ?