チョイと昔話を。


クソ親父が仕事をせずにマーマの給料のみで貧しい生活をしてた頃、ミーの楽しみと言えば、春休み・夏休み・冬休みと映画館で映画を観るのが「安らぎの場」だったざんス。


もちろんマーマのへそくりが資金源なので、行くことが出来る映画は休み中「1本のみ」。

そりゃあねぇ、雑誌やTVなどで映画情報があると「金を払って観るんだから、ハズレを観たくないやい!」ってんで、もう選定は『必死』の一言。


市内の映画館って当たり前なんだけど、スクリーンの大きさや従業員の態度、映画館の築年数がバラバラ。

せっかく観たい映画を観るべく映画館に行っても「ハズレ」の映画館で観るのはイヤーンだったざんスねぇ。


一番のお気に入りの映画館が「セントラルロキシー」と隣の「グランドロキシー」って映画館。

特に「グランドロキシー」は当時市内で一番大きなスクリーン。従業員が小学生のミーを「子ども扱い」せずに「1人のお客」として丁寧に応対してくれたことを今でもはっきり覚えてる。


「ハズレ」の従業員がいた映画館は「松竹」だったざんスねぇ。2番目にヤな映画館は「東宝」だったざんス。(嫌な思いをしたことは、ミーは一生忘れない)





中学生になると、映画館における収益の減少により、映画館は減少。高校生の頃には、お気に入りだった「セントラルロキシー」「グランドロキシー」も閉館。


そして現在、市内中心部の映画館は2つ。郊外にシネコンがあるけど、スクリーンが『小さい』。 セコいくらいに小さいんだ、これが!


お隣の市に映画館も壊滅状態。


目を輝かして観てた、あの映画館はもう無い。大きなスクリーンも、親切にしてくれた従業員の人も。



バカが増えたために、映画館でおちついて観る事も楽しむこともできなくいなった。

あんなスクリーンで観るのに1800円は『ぼったくりだろ!』って不満。




そして、当たり障りの無い作品群で興ざめ。



刺激と驚きの場であった(と、ミーは思ってる)映画館は、壊滅した。




娯楽が増えたから。

配給会社(または映画会社)が甘い見通ししか持ってなかった。

映画館自体の努力がイマイチだった。



いろんな要因があるんだろうけど、「安らぎの場」はもう無い。



そんな「跡地」を記憶を頼りに歩いてたざんス。





「安らぎの地」が戻ることは二度とないんだけど。