ミーが個人的に好きな89年の「ツール・ド・フランス」の最終日個人タイムトライアル。


『にわかファン』のミーですら『おぉ!』となったレース。

世を忍ぶ仮の中学生の頃に国営放送で観たのが最初。(85年かな?)


で、このグレッグ・レモン選手が優勝したのが86年。

だけど、レモン選手は翌年参加できなかったんざんスよ。

まぁ詳細はウィキペディアで。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%A2%E3%83%B3

でね、89年。

「おフランス」「89年」でピンと来る人は歴史好きw

そう、「おフランス革命」から200年目の記念大会。


いつもならこのあたりで個人総合とか決まって、「シャンゼリゼ通り」を楽しく走るって感じなんだけど、このときは違うのよ。



「レースの華」として、最終日に「個人タイムトライアル」をこのコースにもってきた。


この年、おフランスの選手で「ローラン・フィニヨン」って選手が他のレースでも優勝してて、

『この記念大会にはフランス人が優勝したらいいな~』

ってムードがあったのよ。



86年優勝のレモンは「めりけん人」。
翌87年の優勝者「ステファン・ロッシュ」は「アイルランド人」。
88年優勝の「ペドロ・デルガド」は「スペイン人」。

と、ここしばらく「おフランス出身の優勝者」がいなかっただけにフィニヨンへのおフランス国民の期待ってすごいものがあったんざんスよ。


しかも各選手が「負けるわけにはいかない!」って状況だったんざんスよ、。

フィニヨンは毎回「ツール優勝有力候補」と言われながら勝てず(83、84年優勝)、

レモンは87年に狩猟での事故で2年参加できず、

ロッシュは足の手術で左右の足の長さ数センチ違う状態、

デルガドは88年のレースで「薬物使用疑惑」が持たれ、「実力で勝つ!」って意気込み。


そんな中での89年のレースだったので、数年間ダイジェストながら国営放送の番組で観たミーはワクワク。


そして最終日はレモンとフィニヨンの一騎打ち!


結果はレモンの逆転で幕を閉じるざんス。(トライヤルでは58秒差で逆転し、総合タイムは8秒差という接戦!)


何度も録画したテープを観てるうちに画像はボロボロw


DVDがあるみたいなんだけど・・・。



どーよ?

追記:

後にレースの放送がフジテレビがすることになったなんだけど、あまりに放送の仕方が酷くて・・・。

それからツールは観てないのよ。