あくまでミーの「私見」なので。



気が向いたときではあるが、ここのアメブロにもブログを載せてるお寺に遊びに行ってるざんス。



ミーは「仏教徒」ではないけど、そこの和尚さんの考え方が「ミー好み」なので気に入ったんざんス。



そこのお寺は和尚さん以下お弟子さんも忙しいみたいで、お寺で行なう行事も数が少ない。



その話を模型仲間にしたら「えー、そのお寺っておかしいんじゃない? わしが知ってるお寺は毎月行事があるよ。そこのお寺は昔から続いてる由緒正しいところで・・・。」



あー、はいはい。 そうなの? よかったねぇ。




あたしゃ仏教の世界にゃ詳しくないが、毎月何かしらのことを行なえとお釈迦さんが言ったのかねぇ?


金儲けのために毎月やってんじゃねーの? ただその慣習が「昔からやってる」だけじゃねーの? それが「由緒正しい」って根拠なのか? バカとしか思えない。





檀家があっての「お寺」ってミーは思うのよ。



お寺の維持管理ってのが大変なんだろうけど、だからって法外な寄付を檀家に「当然のようにお願い」するのは間違ってるざんスよ。



檀家の悩みをお坊さんが聞いて何かしらのアドバイスをして、「お気持ちで」って「相談料」を出すのもゃ相談者の懐事情もあるんだから、坊さんが「金額指定」するのはイカンでっしゃろ!



相談したことで檀家の人が感謝して寄付するってんだったらわかるけど、最近のお寺の振る舞いは「金ありき」ってのが露骨すぎていただけない。



「金目当て」でやってるのが新興宗教と同じじゃねーかよ! と、ミーは憤りを感じてるざんス。



ミーが行くお寺の和尚さんやスタッフの方々は、「いつでもいらっしゃい!」って気持ちよく迎えてくれるので気に入ってるざんス。



それにひきかえ「わが寺は伝統が・・・」って形式にとらわれて、その形式を「勘違い」して横柄に振舞う坊さんを見て誰が敬うかってんだ、べらんめぇ!




お寺ってのは、いつでも気軽に行って自分を見つめなおしたり、(忙しいだろうけど)お坊さんに悩みを打ち明けて、生活の「ヒント」をもらって今後に行かせる「場所」でないとダメなのではないかなと。


お寺に限らず、教会とかもだけど 葬式とか法要だけの場所ではないんざんスよ。




宗教業界の人には、今一度考えてもらいたいものざんスねぇ。



先月、お寺に行った時は終始笑いが起きてたのが好印象だったざんス。 やっぱお寺は伝統とかじゃなく「和尚さんの人徳」と「悩んでる人を受け入れる体制」が整ってるからこそ、安心しておてらにいくことができるんじゃないかなと。


「伝統」だの「格式」だのをえらそうに人に話す奴に限って、「本質」をまるで理解してない気がするざんスよ。




出だしにも書いたけど、あくまでミーの「私見」なので。 読み手に押し付ける気はないし、「ミーの意見は正論ぜよ!」なんて言う気も無いざんス。



解釈は読み手のユーにお任せするざんスよ。