母方の先祖が伊達藩士だったことが、この春判明したことによって、仙台に対する親しみは以前より増した。今日は、市内を一通り回ったが、大都市としては本当に綺麗な街である。6日は、「とっておきの音楽祭」という本当にお祭りのような音楽祭が市内で繰り広げられていた。ストリートで、いろいろな団体が演奏したり、踊ったりしていた。いろいろなジャンルがあったが、私はやはり津軽三味線の演奏に惹かれた。血が騒ぐ。やはり、日本人の血が騒ぐ。
その後、晩翠草堂という、土井晩翠が晩年に住んでいた家を見学した。どい、だと思っていたら、高校の時だったか、つちい、が正しいとか言われて、混乱していたので、今日こそ、どちらがただしいのか突き詰めようと思って、案内係の人に聞いたところ、元々はつちいなのだが、長女の照さんの勧めで変えたらしいのだ。照さんは、晩翠からも晩翠夫人からも信頼されるほど、聡明な方だったらしい。晩翠夫人は、土佐の高知出身で、土佐は、最も日本語の発音の美しいところとされていたらしい。その土佐の血を引いた照さんは、つちい、とはっきり発音できなく、多少なまった感じの発音をする晩翠に、どい、の方が良いと言ったらしい。その照さんが結核で亡くなった後、晩翠は照さんの言うとおり、どい、にしたのだ。その後、頑なに、どい、で通したそうだ。早くに亡くなってしまった娘さんへの愛情の証の一つなのだろうか。
仙台国際コンクールのことを書こうと思ったのだが、指が勝手に動く。仙台国際コンクールの会場は、地下鉄旭が丘下車すぐの仙台市青年文化センターである。この旭が丘の駅は変わった駅で、片側はオープンなのだ。つまり、外が見える。そこは、台原森林公園である。蛍やメダカの生息地でもあり、自然のゆたかな公園で、若者から老人までジョギングしたり、散歩したり、とても快適な公園である。
まったく私の個人的な感想だが、私は長尾春花さんの演奏が一番好きだった。私は、先週からミロ・クァルテットの心を揺さぶるベートーヴェンを聴いていたこともあって、長尾さんからも同じような揺さぶられ方をしたので、おそらくアプローチが共通しているのだろうと思った。案の定、彼女は楽理の友人とバルトークの音楽を徹底的にアナリーゼしていたくらいであるから、ベートーヴェンもしっかり構築された事は想像に難くない。アナリーゼから導き出される音楽性というものを具現化していたと私は思う。彼女のインタヴューは近い号で掲載する。
全体に、接戦だったが、その中で、優勝したクララ・ユミ・カンさんは、ベートーヴェンの音楽を身体で覚えたと言っていた。小さい頃から、毎日ベートーヴェンのコンチェルトを両親から聞かされて育ったそうだ。本選翌日のガラ・コンサートでは、大変にリラックスして思う存分ベートーヴェンを再度弾いて、本当に素晴らしい演奏だった。もちろん彼女のインタヴューも近い号で掲載する。
審査委員長の宗倫匤先生は、みんなに一位を挙げたいと言われていたが、本当にそう思う。
本選二日目の午前には、シュミュエル・アシュケナージさんから、いろいろなお話をうかがった。多少辛口のコメントもあったが、これはこのコンクールを大切に考えているからだろう。フェルメール・カルテット解散後の気持ちも語っていただいた。とても真摯な方だ。
オレグ・クリサさんとも再会できたし、盛中国さん、瀨田裕子さんご夫妻ともゆっくりお話しすることができた。盛中国のロングインタヴューも近い号で。文化大革命時代、彼が舐めた辛酸は尋常なものではなかった。いったい何があったのか。克明に書きたい。