谷崎潤一郎の「細雪」を買おうとして、迷った。新潮文庫のものにするか、中公文庫のものにするか。
一人の作家が複数の文庫に登場するのは、どのような経緯なのだろうか。
同じ小説が複数の文庫に登場したりする一方で、一つの文庫にしかない作品もある。
やはり、最初に出版したときの出版社の文庫に納められるということなのだろうと、想像する。
中公文庫には、挿画がある。連載したときの挿画が納められているものがあるらしい。
谷崎の「文章読本」は、中公文庫にある。文章読本は、何人かの著名な作家が書いているが、私は、谷崎のものが、一番好きだ。読みやすく、分かりやすく、しかも、この本自体が名文だと思う。最も、印象にのこったのは、含蓄、である。含蓄こそが、最も日本的で、また奥ゆかしく美しい。国際社会で含蓄などという概念は、ほとんどないだろう。あっても、それを実践することは無理ではないか。
世界でも希有な美学を大切にしたい。
で、結局、細雪は中公文庫を買った。願わくば、もう少し、字が大きいともっと読みやすいのだが。
レジでカバーをかけてもらったが、きちんと綺麗にかけられていなかった。最近、こういうことが多い。ほぼ、二回に一回はある。昔は、見ていて気持ちいいくらい手際よくカバーをかける人がいたものだ。ちゃんと寸法が本にあって、ぴしっと綺麗に折り目があり、渡された瞬間、とても充実感があった。カバーがきちっと掛けられない書店には二度と行きたくないと思うものである。大げさかもしれないが、これが、昨今の本離れに拍車をかけているのではないか、と思えてならない。細かいことだが、我々の先輩たちはこんな細かいことにこだわってきたからこそ、日本の成長があったのではないだろうか。
一人の作家が複数の文庫に登場するのは、どのような経緯なのだろうか。
同じ小説が複数の文庫に登場したりする一方で、一つの文庫にしかない作品もある。
やはり、最初に出版したときの出版社の文庫に納められるということなのだろうと、想像する。
中公文庫には、挿画がある。連載したときの挿画が納められているものがあるらしい。
谷崎の「文章読本」は、中公文庫にある。文章読本は、何人かの著名な作家が書いているが、私は、谷崎のものが、一番好きだ。読みやすく、分かりやすく、しかも、この本自体が名文だと思う。最も、印象にのこったのは、含蓄、である。含蓄こそが、最も日本的で、また奥ゆかしく美しい。国際社会で含蓄などという概念は、ほとんどないだろう。あっても、それを実践することは無理ではないか。
世界でも希有な美学を大切にしたい。
で、結局、細雪は中公文庫を買った。願わくば、もう少し、字が大きいともっと読みやすいのだが。
レジでカバーをかけてもらったが、きちんと綺麗にかけられていなかった。最近、こういうことが多い。ほぼ、二回に一回はある。昔は、見ていて気持ちいいくらい手際よくカバーをかける人がいたものだ。ちゃんと寸法が本にあって、ぴしっと綺麗に折り目があり、渡された瞬間、とても充実感があった。カバーがきちっと掛けられない書店には二度と行きたくないと思うものである。大げさかもしれないが、これが、昨今の本離れに拍車をかけているのではないか、と思えてならない。細かいことだが、我々の先輩たちはこんな細かいことにこだわってきたからこそ、日本の成長があったのではないだろうか。