吹奏楽団というのは、軍楽隊が起源のようなところもあるから、自然と規律正しく、また、いろいろ厳しいところもあるように思う。オケとはまったく体質が異なるように思う。
 まず昔の大学の吹奏楽団は、号令をかけて集合する。そのようなことは、オケにはない。
 私がいた吹奏楽団は、とても厳しいところだったが、それでも、上には上があるもので、他の大学では、鉄拳制裁などもあったようだ。先輩後輩の上下関係が厳しく、後輩は先輩の言うことをなんでも聞かなくてはならない。また、例えば一人でティンパニを背中に背負って、階段を駆け上っていったりもするのである。「あんな重いものを何も一人で運ぶことはないのに」と戦争を体験している父が半分呆れていたこともあった。そういう厳しい楽団は、演奏も凄いものがある。人々を感動させる力はある。

 私の学生時代から、世界の吹奏楽団の最高峰に位置していたのは、パリの吹奏楽団のギャルドレピュブリケーヌとアメリカのイーストマンだったと思う。
 ギャルドを初めて知ったのは、ブラン楽長が指揮をしていた時代のレコードだ。これはどれも名盤で、牧神の午後への前奏曲、アルルの女などが、収録されていた。吹奏楽とは思えない絹のようなサウンドだった。
 この頃は、今では使われないような特殊管をふんだんに使っていたらしい。おそらく、そのおかげで、吹奏楽独特の角のあるサウンドがとれて、しかも音がブレンドされたために、あのような絶妙なサウンドになったのだと私は思う。
 1961年の初来日で、日本人の度肝をぬいたのが伝説となっている。これ以後、日本の吹奏楽は、がらりと様相が変わっていったらしい。
 その後、ブートリーの時代になって初めて生の演奏を聴いたが、もうそのときには、すっかりサウンドが変わってしまっていた。特殊管をなくし、現代の通常の吹奏楽団の楽器編成になっていた。私は、だいぶ昔に記者会見で、ブートリーに何故特殊管をなくしたのかを聴いたことがある。かれは、その方が合理的で、サウンドもすっきりする、という趣旨のことを言っていた。
 ギャルドも軍楽隊であるから、もの凄く厳しいところなのかと思っていた。ステージリハーサルを見学したときのことだ。指揮者が立ち、これから音出しが始まろうとしているのに、ステージ上がとても騒がしい。何をそんなにしゃべることがあるのだろう。そのうち、だれかが、しーっ、と静粛を促す。
わたしは、ちょっとでも気の緩みがあったら、厳しい言葉を浴びせられる楽団、ピリピリとした緊張感のある楽団、くしゃみも自由に出来ない楽団にいたから、ちょっとビックリした。
 そして、練習が終ったとき、棒がフィニッシュしたのが先か、団員が立ちあがっとのが先か、分からなかった。いや、立ち上がったのではない。棒がフィニッシュしたときには、もう舞台袖に一斉に歩き始めていた。そのあまりの帰り身の早さに、私は、目が点になった。
 このドライな感じが、ギャルドの魅力なのかもしれない。
 ギャルドのことをもうちょっと調べようと思って検索したら、近々、来日するらしい。