モンゴメリーの憂鬱(1)
その写真を見た瞬間、『アン』の作者L.M.モンゴメリーの子供時代は、あまり幸せなものではなかっただろうなと思った。それほど写真の中の祖父母は厳めしい表情をしているのだ。(二人に子供時代があったなんて想像もできない!)
しかし、図書館で島の歴史を調べているうちに、この祖父母のいかめしい表情の背景に、開拓時代の厳しい歴史を、ちょっとだけ重ねることが出来るようになった。
だからといって、モンゴメリーの幼い日の孤独の深さに変わりはない。彼女の作品の中に何度も繰りかえし描かれた孤児のように。
モンゴメリーの写真は----というと、「アン」よりも、私のイメージの中の「ダイアナ」に近いかな。ちょっとふっくらしていて、『先生』でデビューしたころの森昌子みたいな感じだ。瞳の輝きがひときわ強く、聡明そうだ。
祖父の死後、24歳のモンゴメリーは、故郷のキャベンディシュに呼び戻される。祖父の遺言によって祖母の面倒をみることと、家業の郵便局の仕事を継ぐことを命じられたのだ。
24歳から祖母の死までの6年間。女性の人生では、もっとも充実し華やかな時代。自分のキャリアを捨て、社交をあきらめ、気難しい祖母と共にキャベンディシュに閉じ込められた日々は、どのように心ふさぐ暮らしだっただろう。
この間に『赤毛のアン』が書かれたことを思えば、私たち読者にとっては幸いだったと言えるのだが、彼女にとってはイマジネーションの世界に没頭することで耐えた日々ではなかったか。
加齢と共に、祖母はますます頑固で扱いにくくなっていったという。まあ、年寄りによくある「前頭葉の委縮」というやつですね。老化とともに、だれにでも起こることだが、とくに刺激のない単調な暮らしを続けていると、創造性、思考力、行動力が衰え、感情のコントロールが難しくなる----とは、精神学医の和田秀樹氏の本で読んだばかり。
(最近、私の周りでも、大声を上げて怒っているオジイサンによく出会うようになったが、時代や国が違っても、人間の生理は変わらないようだ。ちゃんと前頭葉を使い、鍛えるよう、私も気をつけよう!)
夢も野心も、人一倍溢れるばかりに抱いていたモンゴメリ-が、6年間を「老人介護」に捧げた挙句、祖母の死期には、その家を追い出されてしまう。
「なんて理不尽な!」
と怒りを覚えるのだが、それが当時の法の定めであった。その家は男系に譲り渡されねばならなかったのだ。
学問への憧れ、自立への渇望、暖かい人間関係・肉親の愛、etc.----をひとつずつ失っていった若い日のモンゴメリー。その孤独と失望はいかばかりであっただろう。
彼女が生涯二人のペンフレンドとの交流を続けていたのもうべなるかな----である。

