「大丈夫?」
彼女は開口一番心配そうに訊ねてくれた。さすがどこぞの無慈悲な人間とは違うと思って「大丈夫だよ。ほら、無傷」と快活に告げて隣に座る。放課後の教室は廊下も含めて人気がない。上の階から吹奏楽部、グラウンドから運動部。それぞれの練習の音以外には何も聞こえない。でも一応注意して辺りの気配に気をつけてから、座った椅子を彼女に近付けた。
「違うよ。相手の子の怪我平気だったのって聞いてるの」
「えっ?」
まさかの言葉につい間抜けな声が漏れた。咄嗟に近付けた椅子を離したい衝動に駆られたが、僕の無様に大笑いするだろう親友を想像して踏み止まる。
「ああ、うん。まぁ、大丈夫っちゃ大丈夫。治療費はある程度請求されちゃうけど、事だけ見れば俺悪くないし、大した額じゃないから」
平静を装って話す。別に彼女が僕の心配をしていると思い違っていたからではなくて、事件の内容を思い出すと腹が立ってしょうがないからだ。
僕はこの件、実際には第三者で被害者だったのは――――。
「怒るとこ、初めて見た」
「嘘つけ。俺何回も怒ったことあるじゃんか」
「暴力は…………初めてだもん」
うわ。
出かけた声をなんとか止め、心中で一息吐く。こうなるとわかっていたのに、目の前にすると固まってしまう。度量というのか経験というのか、僕は随分と容量の低い人間らしい。
――泣くなよ。
なんて、泣いてる人間に言える台詞じゃねえよなあ。
「ごめん」
なんとかそれだけ言うが、返事はない。言葉尻を涙で掠めて黙りこくってしまった彼女は、俯いた顔を一向に上げようとしない。そしてこういうときにどうすればいいか、僕には全くわからない。情けないこと限りなしだ。
僕が困っている気配を察したのだろう彼女が、相変わらず顔は伏せたままだけれど、そっと僕の指を頼りない力で握った。気を遣われていることは明らかだ。泣いているのは彼女で、原因は僕なのに、とことん情けないな。
「あの、さ……」
都合良しを覚悟で彼女の肩を引き寄せて胸の中に沈める。驚いたように息を詰める音が聞こえたが、構わずに力を込めた。やってしまってから襲う羞恥心は勢いでカバーする。出来ないとわかっていても、だ。ああ誰か来たらどうしようかな、と余計なことを考え出した脳に黙れと命令を吐き捨てた。
「お前が嫌だって言うんなら、もうしないから。絶対に」
「…………違う」
否定と共に胸に収めた身体がもぞもぞと窮屈そうに動いた。拒絶されたかとびくついたが、どうやら息がしづらかったようで、彼女は腕から抜け出すと僕の肩に顎を乗せて息を抜く。そこにはまだ泣いた跡が如実に残っていて、気まずさに身を竦めた。
「嫌だとかじゃなくて……怖くて、私びっくりしちゃって……」
それを嫌だと言うんじゃないのか。彼女なりの価値基準があるのだろう、下手に口は出さない。
「いや……うん、ごめん」
そろそろ自分の格好悪さに耐え難くなってきたところで、彼女が小さく笑ってくれた。
「珍しいね、ぎゅーってしてくれるの」
「ああ、ごめ、今離す」
「やぁだ」
離しかけた身体が彼女に弱く服を摘ままれただけで制止させられる。ずっるいなー女の子って。
「…………好きー」
この至近距離でなきゃ聞こえないような小声。けれど耳元で発せられたそれは抗いようなく頭に響き渡る。すぐに「俺も」と返せない辺りが根性無しだと言うのだ。
「うん」
言葉に出来ない分は抱きしめて返す。彼女は満足したように唸った。
「本当めんどくさいよね」
「なんでいちいち喧嘩売ってくんだよてめぇ」
「彼女の前でいるのと同じくらい素直なら交友がもっと楽なのに」
「意識はしてない」
「そっちの方が質が悪い」
「ちっ」
「彼女はあんなに人付き合いが上手いのにね」
「あいつだって意識してないだろうけどな」
「だから君なんかに好かれちゃったんだ」
「なんだその言い方。言っとくけど絶対譲ってやらねーからな」
「そんなんじゃないよ。あの子はどっちかっていうと苦手だし」
「ふぅん。珍しい」
「大衆に好かれる人ってどうも……」
「あっそ。思ってるのは勝手だけど、俺の目の前では自重しろ」
「はいはい。ラブラブで羨ましいね」
「うっせ。つか、ラブラブってそろそろ死語じゃねーの」
そんなこんなで一件落着。詳細を語るつもりはない。
ーーーーーーーーーーーーーーー
酷い巻く引きだ……。
まぁ、あんまり意味を持って書いていたわけではないのでいいです。
キャラクターを書きたかっただけなので目的達成。
また気が向いたらSS書こうと思います。
推敲する気はないっ!