人一倍正義感の強い子供でした(です、かな?) | 【FtM】独り言をやめたくて【逃げ道】

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そんな誉められた意味合いは全くありませんが。

アニメゲーム漫画小説は小さい頃から好きですから、正義のヒーロー憧れるって節もあると思います。
でも多分ルーツは前の記事に書いたようなこと。


本当に大嫌いで。
「嫌い」って言葉も嫌いなんですけど。パラドックス。
でも私は万引きしたことあります。喧嘩して殴ったこともあります。人に迷惑かけたこと、たくさんあります。
だから偽善だって言われたら確かにそうなのかもしれないです。

強い人が弱い人を傷つけたり、人の生き死に軽視したり、他人のこと悪く言ったり。

そういう、わかりやすいものには怒りを覚えるんですけど、例えば間接的な悪に関してはとても鈍感です。

子供ってなんでも自分でやりたがるじゃないですか。
でも危なっかしくて大人はついつい横から手を出してしまったりする。
それがどれだけ子供のプライドを傷つけるかも知らないでね。
子供は大泣きです。ふざけんなって怒鳴りますよ。
考えが足りないからです。

「正論は、いつだって人を傷つける」

維新先生の本で見た言葉ですが、なるほどなと思いました。
正論を吐くということは、つまり誰かの間違いを否定するってことですから。

お前のそれは間違っている。これが正しい。

って上から目線でね。
でも正論ですから反論なんて出来ようはずもなく、言われた人だけが傷付いて黙り込む。
私は自分が正しい正しいって思って言ったことやしたことでたくさん人を傷つけてきました。
兄ともよく衝突しますが、お父さんとも喧嘩になることが多いです。ちょっとした間違いの隙を突いてあーだこーだと嫌味ったらしいことを言ってくるんですよ。口論になると涙腺の緩い私はすぐに泣いてしまってなにも言えなくなります。それが悔しい。

私は間違ってない。後々お母さんに確かめてみたらお母さんは、

「確かにお前の言ってることは大抵正しいけど、正しいからって相手の言うこと全く聞こうとしないのは駄目だ。みんながみんなお前みたいに考えられるわけじゃない」

そう言っていました。

「お父さんだって人間だから間違ったことをしたりもする。でもそれを子供のお前に指摘されるのは悔しいの。だからお前にも同じこと仕返してやろうって思っちゃってるんでしょ」

とも。
子供か、と思いましたけどね、最初は。
中学生を終える頃にようやく意味を理解してきました。まだまだ理解を表せるほど大人になりきれてはいませんが、成長したと思っています。
学校の先生にも友達にもずっと言われ続けていたことでした。

「人の話を聞け」「上から目線を止めろ」「人の気持ち考えて言え」「お前と他人は違うんだ」

本当に格好悪いな自分。

隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、~~~~

有名な山月記の冒頭文ですが、私は李徴と物凄くタイプ似てると思います。こんな長々書かなくても狷介の一単語で十分だったのですが、李徴が一番イメージに近かったので。
詩家を目指した辺りなんかもね。挙げ句くすぶって落ちぶれていく様なんて笑えないくらい自分と重ね易い。
一応言っておきますが、私が作家になりたいのは私がそれを好きだからであって、名声を得たいが本文ではないです、決して。

この後に出てくる李徴の友人とても良い人だろうと思います。
李徴も彼ともっと近い付き合いをしていたら変わっていたはずです。

色んなことに絶対なんてありえなくて、上手に折り合いつけていくスキルが李徴にも私にも足りないんです。
なにかマイナスが起こったら起こるだけの理由が自分にある。
しかしマイナスは一側面。見方を少し変えればプラスがある。表裏一体なんですよ。

「優しいなんていうのは苦労してこなかった温室育ちの持ち物だ」

言葉は全然違いますけど、これも維新先生の本で見たもの。
ほんとのリア充って誰にでもすごく優しくて余裕があって格好いいです。今自分がとても良い状態で周りに配る余地がたくさんあるからです。
それは穿った見方をするなら今なにも辛いことがないってことです。なんも苦労してないんです。実際背負ってるものがあったとして、色々忙しかったりしても、それを苦に思わない=楽な幸せ者。

楽は悪い意味でないです。楽しいってことです。
誰もがそうありたい姿。
みんながそうなら嫉妬なんて生まれない。
でも実際は良い状態の人がいればそれだけ悪い状態の人もいる。きっとそれは誰の所為でもない。


だから誰かを嫌いだなんて言うことは悲しいですね。