#182『寺山修司』
演劇実験室「天井桟敷」を主宰し、
1960年代を駆け抜けた劇作家・寺山修司。
詩人、作家、映画監督など多方面で活躍し、
27歳の時に書いた「家出のすすめ」は、
実際に家出する若者が出現するなど社会にインパクトを与えた。
「書を捨てよ、町へ出よう」でも強烈なメーッセージを送り、
若者のカリスマ的存在となった。
9歳のときに戦争で父を亡くし、中学生になった寺山は、
母親が福岡県の米軍ベースキャンプへ出稼ぎに出たため、
青森市内の叔父に引き取られた。
ある日、離れた母からカバンとハーモニカが送られてきた。
寺山は「カバンを振ると中のハーモニカが動いてカタカタと音がする。
これが母の音と思うと懐かしい」と返事を綴った。
自身の複雑な家庭での生い立ちや少年時代について
虚実を交えて書くことが多かった寺山は、
まだ存命していたにも関わらず、
高校時代の句会で「母逝く」という句を詠んだこともあった。
そんな虚構に生きた天才が座談会で発したプレミアワードがこれである。
「想像力で遊ぶなというのは恐ろしいこと」
若者を扇動していると叩かれがちだった寺山の実感が込められている。
放送作家 石川心水
ウノプロダクション株式会社
