増補・日本経済新聞は信用できるか
東谷 暁
国内で経済関係の新聞を読もうと思ったら、日本経済新聞しか選択肢はない。残念ながら。
この著書では「でも・しか新聞」と言われ「日経でも読むか」「日経しか読むものがない」というのが読者の本音であるというが、これは多くの人の偽らざる感想だろう。
しかしそんな唯一の選択肢である日経新聞が信用できないとしたら? 本書では日経新聞が読むに値する新聞なのかを検証していく。
まず、本書が書かれたのが2004年であり、これはその増補版のため解説の始まりはバブル崩壊前後から始まる。また、最近の話題としてはリーマンショックまでが限界なのであまり最近の話題を期待すると肩透かしを食うだろう。
バブル前、今では想像できないかもしれないが日本式経営こそが世界最先端で、それこそが最高であった。日経新聞も当然、その流れに乗って日本式経営こそが世界最高だと書いていた。
しかしそれも、バブル崩壊で完全に転調してしまう。要は「手のひら返し」というやつだ。しかもそもそもの「日本式経営」とは何だったのか、という定義すら曖昧なまま、不景気の原因を日本式経営とやらのせいにし、日経新聞の魔女狩りは進んでいく。
そして次に始まるのはグローバル化と成果主義である。グローバル化して業績を伸ばし、成果主義で社員を正当に評価せよというが、何ということはないただの米国式経営の焼き直しである。
こうして日経新聞が単に勝馬の尻に乗っかって風見鶏のごとく、その時その時の雰囲気を後追いで記事にしていただけということが暴露されてしまう。
このようにして日経新聞には何のポリシーもないということがわかっていくのだが、その中で提示されるデータもなかなか興味深いものがあった。
日本企業といえば終身雇用が特徴と言われているが、しかし実際は60〜90年代まで転職者が5割を超えている。中小企業にいたっては新卒は2割もなく、8割近くが転職者である。この時点で「終身雇用とは?」という感想しかないだろう。
また、年功序列についても大いに疑問が湧いてくる。そもそも年功で序列が決まるなら何故「窓際族」や「万年平社員」などという言葉が昭和に生まれるのだろうか? ここでも都合よく言葉を批判のために使う日経新聞の日和見主義が光る。
このように過去から現在(と言ってもリーマンショックまでだが)に続いて日経新聞がどのような報道を行ってきたのかが書かれている。
今の我々の不幸は経済新聞が日経新聞しかなく、「でも・しか読者」になってしまっていることだろう。しかしこの本を読めば、今後はどのように紙面に目を通していくべきか、という指針を得ることができる。日経新聞に限らず、経済関係の情報を得る人は読んでおいて損はない一冊である。
評価:★★★★★