経営戦略の教科書

遠藤功 著

 

経済学の応用として経営学があるようなイメージでいるのだが、そもそも「経営とは?」と言われても語れるほどに定義を知っているわけでもない。

そうすると「そもそも経営とは?」というレベルまで降りて考える必要があると思うのだが、手っ取り早く経営のことを知るには初学者向けの本を読むべきかな、と思って本書を手にとってみた。

 

経営戦略というとフレームワークを使ってそれっぽい答えを出すのが流行っていたが、ここで紹介されているのはそういうのとは違う(本書はツールを否定しているだけではない、念のため)。

ちなみにフレームワークとはSWOT分析とか、3C分析とかだが、そういうツールを使って経営者ごっこをするのは経営とは言わない、と思う。

 

では経営とは何だろうか? 本書では「経営とは、価値創造である」と説く。シンプルである。

方法としては規模を追ったり、ニッチャーとして業界に存在したりといくつかのストーリーを紹介しているが、実際の企業の経営と合わせて解説されているので非常にわかりやすい。

対してフォロワーについては「フォロワーは戦略ではない」と手厳しい。

 

面白かったのはその業界のリーダーとして支配的なポジションを得るにはどの程度のシェアが必要か?という点だが、これは40%だという。

たとえばトヨタ自動車は国内のシェアは50%に近づくレベルだそうだが、国内においては完全に強者のポジションだ。

逆に撤退を検討するべきシェアは3%だそうだ。

 

本書は経営についていくつか重要な示唆を与えてくれるが、成功したどの企業も重要なのは「自社の価値を上げるにはどうすれば良いか?」を考えて経営戦略を構築しているということに尽きると思う。

また、経営戦略は絶対的なものではなくて仮説として考え、経営を行っていく上で必要に応じて変えていくべきだとしている。

過去もそうだったが、経営にスピードが求められる現代ではまさにそのとおりだろう。

 

ところでネットで「MBA持ってます」みたいな肩書をよく見るが、そういう人がまともに経営学を知っているような発言をしているところを見たことがないし、ましてや経済学を知っているようには見えない。そうするとMBAとは何か意味がある肩書なのか?と思う。

 

評価:★★★★☆

 

 

金融が乗っ取る世界経済 - 21世紀の憂鬱

ロナルド・ドーア 著

 

なんとなくだが、このところリーマンショック後の本を立て続けに読んでいる。

あの出来事は間違いなくその後の金融業界を変えたと思うが、では何が起こって何が変わったのかというと曖昧な部分も多い。

 

 

前回読んだ本はリーマンショックのきっかけとなった新自由主義についての批判本であったが、今回も新自由主義については相当に批判的である。

しかし、こちらは新自由主義というよりも、アングロサクソンによる節操のない資本主義について批判的という感じだ。

 

世界が金融化していく中でリスクの高い金融派生商品が出回り、それがバブルを引き起こした。そしてそれがリーマンショックにつながっていくのだが、金融業界では新しい金融派生商品を「発明」としてもてはやした。

また、そういった金融派生商品は複雑すぎて誰もリスクを評価できなかった。にも関わらず、それを売り出すときの承認は「銀行が大丈夫というなら、大丈夫だろう」というような誰も責任を取らない業界の体質もあり、被害を拡大したという。

 

中心にあったのはCDS、クレジット・デフォルト・スワップという金融派生商品だった。

これは「X社が倒産したらその社債を保証する」というような商品で、これ自体はただの保険である。しかし社債を持っていないにも関わらず、このCDSの取引ができるようになってしまったことが問題であった。実際、リーマンブラザーズが倒産した際に、その社債の2.5倍ものCDSがやり取りされていたそうだ。

 

著者はさらに金融業界を放火魔に例えている。隣の家に勝手に火災保険をかけることはできない。それができれば放火して保険金を儲けることができる。放火奨励などとんでもないことだ、しかしCDSではそれが認められている。

こういった点からもCDSや、それに伴う金融市場を「ギャンブル」と呼んで憚らない。

 

また、高額の報酬をエサに他業界の優秀な人材を金融業界が吸い上げることについても極めて批判的だ。本来であれば優れた薬や世界を変える発明をするはずの人間を、金融商品開発のために高いカネで釣って採用している。こういった業界の人間を報酬にしか興味のない「白けた人間」と喝破する。

 

しかし日本についてはこういった新自由主義にまだ染まりきっていないとする一方で、2000年代初頭の小泉改革で空気が変わってしまったことを嘆いている。

文中で日本には「憂国の士」はいても、「憂国民の士」や「憂社会の士」がいなくなってしまったと指摘してたのは印象的だ。

 

ただ、経済学の書としてはデータや例示されたものが少なく、説得力が低い。

あくまで著者のリーマンショックに対する所感という印象は拭えない。

これをエッセイと読むか経済書と読むかで評価は変わりそうだが、私は「期待したほどではなかった」というのが正直なところだ。

 

評価:★★★☆☆

 

 

2025年を制覇する破壊的企業

山本康正 著

 

すでに2026年になっているが、実際にこういう本に書いてあることがどこまで現実になっているのか気になったので見てみた。

 

まあ、結論から言えば何一つ当たっていないというのがこの本の実態だ。

 

まずAppleがとにかくすごいと持ち上げて「アップルホテル」などという妄想を前文で書き綴っているが、肝心のAppleはホテルどころか自動車すら完成させられていない。

 

 

さらにはアップルグラスなるスマートグラスも出てきてないし、MSのホロレンズも尻切れトンボである。

 

 

日本はGAFAMを重視しすぎと前文で書きながら、著者自身もGAFAMのことしか書いていないのだから笑ってしまう。

 

その他、フェイスブックもアバター事業はパッとしないし、テスラも失速している。

 

 

 

唯一当たってるのはネットフリックスの躍進くらいか。

 

さらにベンチャーも紹介しているが、さっぱり当たらない。

 

 

どういう感覚をしていたらここまで当たらない本が書けるのだろう?

 

むしろ、こういう競馬の予想より当たらない内容で本を書いている人たちの5年後がどうなっているのか気になるところだ。

 

評価:★☆☆☆☆