私たちは、陽の側面にとらわれすぎていないだろうか?
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
日本の気候は梅雨に入り始めている。
この時期は初夏というのに、じめじめしていて梅雨が明けると本格的に夏が始まるのが日本の四季だが、暦上と実際はおおむね1カ月程度のずれがある。
いろんな説があるが、なぜずれているのかはあまりわかっていない。
しかし、そんなことをも日本人は受け入れているし、おかしいと声を荒げる人も居ない。
元来日本人は、矛盾のあることも受け入れることができる自然と共に在る存在なのかもしれない。
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
その自然の解釈と捉えると、実は雨に濡れることは自然なことなのではないかと感じてしまう。
傘をさすことがいけないと言っているわけではなく、雨に濡れることを嫌う必要がないということだ。
もちろん、雨に濡れることでべとついたり、冷えたりと一見不都合に見えることがある。
しかし、その体験そのものが豊かなのだとしたら、見方が変わっていかないだろうか?
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
同様に、人を自然と解釈した時に、人がネガティブになることは果たしていけないことなのだろうか?
もちろん、ネガティブな怒りをぶつけたり、他人を傷つけたり、不機嫌なことが素晴らしいと推奨しているわけではない。
ネガティブである自分を見た時に、自分を卑下する必要は、あるいは他人を評価する必要はないのではないかという文脈だ。
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
陰陽五行は自然哲学だ、人も自然の一部と考えて陰陽と五行について分類をして解析をしていく。
雨に濡れることも、人が怒ることも、悲しむことも同じように自然と捉えられるだろう。
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
自然の理(ことわり)、つまり秩序の中では、人間ごときがああしたい、こうしたいと言う我を通すこと自体が不自然さを生む。
つまり、思考は不自然を作り出す起因ともいえる。
心理学でも思考は嘘をつくと表現されることもあり、これと似ている。
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
一般社会を見ていると、多くの人が陽の側面しかとらえようとしていない。
陽の側面を欲している、にもかかわらず陰を多く見すぎているという。
これは非常にアンバランスな状態があるように思える。
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
しかしながら、陰陽五行を深く学ぶと、陰陽は等価交換することを学ぶ。
つまり、陰という一見するとネガティブな体験は必要不可欠なものとわかる。
陽の体験と同じだけ、陰の体験を歓迎できれば、世界の見え方が変わらないだろうか?
これを学問上は、球体思考と言う。
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
あなたは、陽が多いのであれば次に来るはずの陰に備え、今、陰を体験しているのであれば
次に来る陽を楽しみに待つのもよいだろう。
必ずバランスするのだ。
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
しかし、頭では理解できても、これを実生活の中で「今のネガティブな体験は必要だ」と
なかなか思えないのも、また事実としてあるだろう。
一朝一夕でできるものではない。
これを繰り返し、練習し、ある一定の飽和量を超えた時に、日常でできるようになる。
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
あなたの中に根付いた価値を再定義をして、
日々updateできればより生きやすいのではないだろうか。
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
ㅤ ㅤ ㅤ
そんなことをともに、皆様と研鑽できたらと願う。
7/13 自分だけの「運命暦」 を作るセミナー
https://www.reservestock.jp/inquiry/MjlhNGZlNzM0Y