昨日、第45回衆議院議員総選挙が終わった。
民主党圧勝はご存知の通り。


ワタシの応援していた自民の候補は落選(比例での復活当選もナシ)。

とてもお世話になった方だ。
親身になって言った事をすぐに実行、交渉してくれる。

かたや民主候補。世間の流れか、当然その選挙区では当選。

ここで思った。

本当に地元の為に尽くしてくれている(その民主候補もやってはくれているんだろうが、貢献度ははるかに違う)のを知っているので、その候補が負けたのがとても悔しく、残念だ。

考えてみれば、普通、政治は遠いところの存在と思いがち。まず、関わりがないですからね。
政治家と話したことが無い人がほとんどだと思う。
ただし、実際、会って、話してみるとその政治家がどの程度我々に対して貢献しようと考えているかが見えてくる。

その自民候補は地元で育ち、地元のことがよくわかっている。
かたや民主候補は2回前の衆院選で突然現れた。
この地元のことをどれだけわかっているのだろう。
昔からこの地にいた人しかわからないニュアンスというものがある。
その辺って結構大きなことだと思う。

あと、その応援してた自民候補は3代に渡る「世襲」である。
このあたりも結果に大きく結びついたのではないか。

世襲は「悪」とする風潮が強いが、はたしてそうだろうか?

親を見て子は育つ。
親の職業に憧れ、同じ仕事をしたいと思うのは至極普通なことではないだろうか。
「親の仕事を継ぐ」ってのは極々一般的。
政治家だけがダメというのもおかしいと思う。

本当にダメ息子(娘)が世襲しようとすれば、さすがに周りが止めるでしょう。
そのあたりをマスコミを鵜呑みにせずに我々有権者はじっくり考えてみたいものです。


しかし、そんな自民候補を応援したワタシですが、比例では野党に投じました。
今の格差社会を作り出したのは紛れもない自・公連立政権だと思います。

昨年のリーマンショック以降、経済はガタガタですが、その前もパッとしなかったですが、何と「景気がいい」ってことになってました。確かに総合的な色々な数字を見るとなかなかいい。しかし、一部の大企業がその数字を引っ張っているのであって、多くはアップアップの状態。
自・公政権はそれがわかっていなかった。大多数の犠牲があって数字上の「好景気」ってのが成り立っていたという事を。

与党が負けたのは当然だと思う。

その結果が、本当にいい政治家の落選につながっているのだ。