朱雀家の滅亡 感想 | 狼と友達になりたい

朱雀家の滅亡 感想

芸術劇場良かった。

耳をすませばの後半を払ったら、大量にお釣りがきた。


三島由紀夫の晩年の作ということでしたが、

なるほど、ある極地に立った様な、息詰るストーリーでした。


以下、ネタバレ↓



敗戦間近の日本。ある華族の一人息子、経広が

生きては帰れないという激戦地へ

海軍士官として召集されることが決まる。

政治的な力を持っていた父、経隆は、

息子をもっと安全な任務へつかせるよう

取り計らうことも可能だったが

一族の名誉のため、経弘を止めなかった。


出兵しまもなく、経弘は戦死。

血筋の絶えた朱雀家は、日本の敗戦に伴い

衰退の一途を辿る。

息子、その恋人、女中を失い

それでも生き残った経隆。

そしてある日、経弘の恋人、璃津子の亡霊が

朱雀家に奉られていた、弁天の化身として

経隆の前に現れ、息子の死と引き換えに

家の永遠の名誉を選び尚生き続ける経隆に

自らの滅びを薦める。




朱雀家は、代々、琵琶の奏者として

その地位を築いてきました。

武家ではないところは、ひとつのポイントですね。

先祖しかり、父もとても穏やかで愛情もある人です。

しかし、国、天皇への忠誠心は強く、

国のため戦地へと向かう息子を、

大変名誉に思っていました。

それは、最愛の息子を失うことさえも

凌ぐ思いだったのです。

弟、光康や女中、おれいの反対も

経弘の固い決意と、経隆の決断の前に

息子を止めるにはいたりませんでした。


後に経隆は、名誉を重んじた自分は狂気であり、

弟、女中の考えの方が正気であったかもしれないと

光康に言います。

しかし、その狂気の中には、

澄んだ水晶のような真実があったと、

狂気さえも誇りだとする経隆の姿がありました。



翼を取られても鳥でありたかった。

翼を持っても、飛べないダチョウではありたくなかった。

(ダチョウ涙目)


国を選ぶか、個人を選ぶか

拮抗する価値観を両者共に美しく描いたこの作品。

去年、同じ番組で観た『鹿鳴館』に続いて

三島由紀夫の末恐ろしいエネルギーを

感じずにはいられませんでした。


戯曲すてき。

小説よりもメタフォリカルな会話が多くて

重苦しい内容の中にも

色物としての楽しみが含まれてる所が

戯曲の醍醐味だなって思います。


三島由紀夫の作品はとにかく

比喩表現が傑出してます。

こんな風に饒舌に語れたら、

怪しまれることは避けられないだろうけど

どんなに心地いいことか。


アヴァンギャルドなんだけど寺山修司よりも

高い品格を持っている気がします。

寺山作品に出てくる女の子が、おちゃめなら

三島作品に出てくる女性は、おしとやか

う~ん、どっちも好きだw


いいね、昭和アヴァンギャルド。

さよなら絶望先生に明らかにつながってきて嬉しい。

久米田作品に出てくる女の子は、、、

やっぱ萌え!?