「自分は大学教員とは無縁」と考えている方も多いことでしょう。
なぜか?
以下のような思い込みがあるからです。
1. 大学教員になるような人は、とても優秀であったに違いない。
否定も肯定もできません。
私が知る限りでは、確かに、東京大学で博士号を得た人が、大学教員になる傾向にはあります。
一方で、明治大学出身で、自然科学系の大学教員になった人など、中堅どころの大学出身者も少なくありません。
かくいう私は、旧帝大系の大学を経由して東京大学にて博士の学位を得ました。
「なんだ結局は上位の大学である必要が」という印象を受けることでしょう。
重要な点は、そこではありません。
私自身の幼少期からの流れは、のちにまとめるとします。
かなり無理をして、なんとか国立大学に入学したものの、大学の講義についていけずに挫折しかかっていた、それが私です。
1年次は、かなりの単位を落としています。
同様に、成績が非常に悪く、土下座して単位をとっていたような知人が、今や教授として、そこそこ有名になっていたりします。
言えることは「大学名、成績ではない」ということです。
2. 博士の学位を得る人は経済的に裕福であるに違いない
これは絶対的な勘違い、なおかつ、メディアによるミスリードです。
私は大学院から奨学金に頼りました。
大学院になると、親の経済状況は、関係なく、奨学金に採用される傾向があります。既に成人していること、独立家計とみなされることなど。
私が博士の学位を得るまでの借金総額は700万円ほどです。
これは、まだ緩い方です。
私の知人は高校から奨学金を借り続け、東京大学に進学しました。
博士の学位を得るまでの総額は、なんと1500万円ほどだそうです。
彼は超大手企業に就職し、今では高給取りです。
家が裕福かどうか?
経済状況は、学歴に影響しますが、最低限の条件さえ整っていれば、あとは本人の覚悟の問題です。
なぜか?
高校生でも奨学金は給付可能です。
仮に家の経済状況が悪かったとしても、奨学金により「仕事を後回し」にすることで、勉学に打ち込む時間を得ることは可能です。
親が、それを阻む環境でなければ。
3. 進学塾に通い詰めなければ難関大学には進学不可能に違いない
全くの勘違いです。
また、中堅どころの大学でも、入学後の姿勢によって、進路は大きく変わるし、大学教員になることも難しくはありません。
これは上述の通りです。
私自身は、中学生の頃に、地元の小さい塾に2年ほど通い、偏差値60を超える程度の進学校に合格しました。
当時の月謝は6000円程度でした。
高校に進学してから、塾に通ったことはありません。
独学と、高校での勉強だけで、大学には合格しました。
地頭が良いからだろう?と思うかもしれませんが、そんなことは、全くありません。
小学校の頃は、成績も奮わず、目立たない子供でした。
中学の頃も、5科目400点を超えるのが精一杯。
どうしても壁を破れない。
また、記憶が非常に苦手で、すぐに忘れてしまう。
数学の公式も、高校では、とにかく頭から抜けてしまうので、結局は「簡単な公式から導く」という作業を、毎回、やっていた。
つまり「華」のない地味な学生でした。
それでも、難関大学には合格できます。
以上、お分かりかと思いますが、世の中で「思い込まされている」難関大学への入学の道からして、胡散臭いものばかりです。
普通の、地味な学生が、十分に合格できるのです。
大学進学後、本当に伸びるタイミングとは「卒業研究」に着手した頃合いです。
ここで大きな転換点を迎えます。
大学の研究室に配属されてから、成果を大きくあげていく学生には、ある程度の共通点があるかと思います。
それが、大学教員への道にもつながります。
その共通点は、私が大学教員になってから改めて気づかされました。
ほぼ「自立心」です。
その自立心は、下手すると小学生の高学年にて芽生えています。
色々な要素が含まれています。
もっとも重要な点が「言い訳をしない」ということです。
私の知る限り「できなかったこと」は「自分の責任」と、腹をくくっている人が多く、「誰かが悪い」「環境が悪い」とぐちぐちしているケースが少ない。
竹を割ったように、さっぱりしている。
そして、比較的、大きなポイントは「10年後を見ている」ということです。
目先の数年の動きではなく「10年後にはこうならねば」というヴィジョンに、自分を無理矢理に導く。
無理矢理なので、スマートには事は運ばないような気がします。壁にガンガンぶつかり、失敗を繰り返しても「うまくいかないことがわかったので別の道で」と、感情を絡めない。
この3つです。
・自立心が中学生の頃にはある
・責任転嫁しない
・10年後を見ている
「これが大学教員に結びつくか?」ですが、必須とも言えるでしょう。
以上の3つは「研究をする上で必要な最低条件」となるからです。
大学教員とは「研究者のオマケの顔」でしかない。
つまり研究者として必要な素養を、高校生の頃には備えているべきです。
そしてもう1つ。
・以上3つの精神的重圧に負けない強さ
これで基本要素となります。