ー瓦谷龍之

二〇〇〇年、一月一七日。

わたしは、ひりつく寒さの夜が明け、凍てつく太陽が日本を照らした頃、この世に産まれ、間も無く二十二歳を迎えようとしている役者だ。

 

 

 

「コクーン...」その儚い、絶叫とは似ても似つかない声に、わたしは無意識的な思考を止めた。側を歩いている、リードのついていない黒い犬がこっちを見ながら進んでいく。

 

 

 

「そうだ、絶叫。」そこで自分の使命を再認識した。

わたしは今日、ソレが行われるという、''STRAYDOG''の稽古場に向かい、"絶叫"なるものを目撃するのだ。

人間の絶叫というものを聞く機会は普段の生活ではなかなか無い。それどころか、役者という非日常を日常として落とし込むこの職業をかれこれ十年以上はしているが、それでも滅多に出会う機会は無い。

わたしはまるで、秘密の海に飛び込む様な心持ちでその場所へと向かった。

 

 

 

ー''STRAYDOG''稽古場。

「なんなんだ。」絶叫というからには、けたたましい空気の場所かと思っていたが、五分もしないうちにその想像はまんまと裏切られた。

コメディ要素の加えられた台本、数曲のダンスナンバー、和気藹々としつつも切磋琢磨している役者達。

「こんな所に本当に"絶叫"は存在するのだろうか。」そんな事が脳をよぎった時、喧嘩腰の声の様なものが、それぞれ上手と下手から聞こえてきた。

「お前さっき言ってた事と違うやんけ!」

「いや、やから俺が右から通るから、お前左やろ?」

「それ逆やったから言うてんねん!」

稽古場を掌握して、私の戦いだ!おれたちの真剣勝負だ!と言わんばかりの口論は、松原ゆいと、松尾侑治のものだった。

遂にここから"絶叫"が見られるのか。そんな期待感が湧き上がり、心に灼熱の火が灯ろうとしていた。

 

 

 

するとまさかの事態が起こった。周りの役者達から笑い声が上がったのだ。

 

 

 

そうだ。ロングアイランドだった。言い争っていた松原ゆいと、松尾侑治はロングアイランドというお笑いコンビで、舞台上での導線の行き違いなど、些細な事で意見が食い違っても、喧嘩にはならない。むしろ周りからしてみれば猫のじゃれあいの様に微笑ましくも、ロングアイランドワールドが広がり、笑いが生まれてしまう。

 

 

 

つまりそれは"絶叫"には繋がらないことを意味していた。その後も順調に稽古は進み、作品が徐々に立ち上がっていく姿を見て、稽古終了時間を迎えた。

そして、わたしの期待に溢れた秘密の海は泡となって消えていった。

 

 

 

稽古場のエネルギーを貰いつつも、絶叫を目の当たりに出来なかった事で少しBlueな気分になっている帰宅時、ふとSTRAYDOGの台本の表紙を見てみると、こう書かれていた。「原作著者:葉真中顕『絶叫』」

そうか!わたしは気付かぬうちに、しっかりと"絶叫"を観て、"絶叫"を体感していたのか!

突如、高揚感が胸を包む。

良いものを見た。舞台『絶叫』の公演が尚更楽しみだ。

この胸の高鳴りが治らぬうちに、今日一日の事をブログに記しておこう。そうしてわたしは今、この文章を書いているのだ。

 

 

 

そこで、わたしはもう一つの驚くべきことに気が付いた。この文章の中に、原作『絶叫』の作者である葉真中顕の作品タイトルに関連したものが大量に綴られていることを!

 

 

 

(登場作品)

凍てつく太陽

コクーン

ブラック・ドッグ

秘密の海

私の戦い

ライバル おれたちの真剣勝負

灼熱

そして、海の泡になる

Blue

絶叫