―――大切なことって、どれくらい?


僕にとっては、命より大切だったよ。


―――そんなに大切な物って、どんなもの?


かけがえのないこと。だったんだけどね。


―――今は違うの?


今も大切だよ。だけど大切に扱うことはできないんだ。


―――それは何故?

大切に想う事しかできない、存在になったから。



 家に着いて、夕飯をぼうっとした状態で食べ続け、いつの間にか自室のベッドで仰向けの体勢でまたぼうっとしていた。

 何かが喉元に引っかかっている。

 俺が見た盛る炎は。俺が車内で見た、赤い物体は。

 一体、どうなってしまったのか… 

 俺は、どうしてしまったのか…


 気を紛らわそうと、ベッドの下に積んであった雑誌を手に取った。

「頭を切り替えないと…」

 これから受験勉強を始めていかなければいけないのに、頭の中をかき混ぜられる様な事になってしまった。こういう時には娯楽を楽しんで、気分を転換しなければ。

「これからはこれが参考書になるのか」

 これからの一年の最後の娯楽と割り切って、いつか読んだ漫画を読み始める。

 しかし、フィクション内容の漫画に出合う度に、昨日、今日の一連の出来事が、頭を駆け巡った。

 そして、最後のページに載っている、いつもなら全く気にならない広告が俺の目に飛び込んできた。

《人生を変える運気を持った、幸運の指輪が持つ魔力を見よ!!》

―――人生を変える

―――幸運の指輪

―――魔力


 指輪?そういえば、あの事故現場で、拾った指輪が、俺のポケットにッ。

 慌てて左右のポケットを弄ると、あの時と同様の輝きを持った緑色の石がはめ込まれた指輪が姿を表した。

「幸運の指輪、人生を変える…」

 一つの光、一つの闇。 それはどちらか判断のつかない、一筋の線。


 今の俺の中に、その何かわからないものが、一筋の線として差し込まれた。



「わざわざご苦労頂き、ありがとうございます」

 警察署に着くと、お客さんの様に丁寧な対応で扱われてしまい、少し以前と違っていて驚いてしまった。

「それでは早速ですが、状況の説明を出来る限りでいいのでお願いできますか?」

「あのッ、あの車に乗っていた二人はどうなりましたか?」

 昼食が進まないくらいに気になっていた事件の顛末。まずそこを聞かないと、心の中で燻っている何かが、疼いてしょうがなかった。

「そんなに興奮なされずに、あなたも現場を見ていたならわかるでしょうが、二人とも軽傷で済んでいますよ」

「軽傷…です…か?」

「ええ、飲酒していたそうで駐車する時に手元が狂ったらしく、全く迷惑な話です」

 この呆れた様な表情を浮かべる警察官がうそをついているとはとても思えない。心の底から迷惑な話だと、警察官の全てが物語っている。ならば昨日のあれは何だったのであろう…夢、か?

「飲酒運転ですか…」

「そうなんですよ、最近厳しくして収まってきたと思ったらこれですから…これだけの事件で収まってよかったと言えば、よかったんですが、すいません不謹慎でしたね」

「飲酒運転…」

 何かがおかしい。何かがひっかかる。何かが変わっている。全てが変わっている。

「それでは、接触の時の様子からお願いします」

 俺はそんな瞬間見てなどいない…事故を見たのは接触してから…

(車が蛇行運転で駐車場に入ってきて、そのままふらふらとトラックに衝突)

 頭の中に急激な映像情報が流れ込んでくる、これは俺が見た風景?

「えっと、蛇行運転で駐車場に入ってきて、その後衝突しました…」

「だいたい、被害者さんと一緒の話ですね。ありがとうございます」

 それが事実?この今思い出したのか、浮かんできたのか、わからないようなものが?

「もう、この件でのお呼び出しは無いと思います。ご協力真にありがとうございました」

「は、い…協力できて嬉しいです…」

 何かが取れた筈なのに、また何かが乗っかってきている。

 そんな感覚が、家までずっと俺の中に居続けた。



「ん、ぁあ…」

 目覚めると、机のにおいてあるデジタル時計が11:20分を指していた。いつもなら日曜日のこの時間にはアルバイト先にいるはずだが、

「そっか、バイト辞めたんだった」

 力が抜けてもう一度ベッドの中に潜って、枕元にある折りたたみ式携帯電話を開いた。

「留守電?」

 画面には、着信履歴が一つと伝言が一つ表示されていた。

「見たことの無い電話番号、か」

 とりあえず、留守電のメッセージだけ確認することにした。

『東野署の寺川と申します、昨日の事故の事でもう一度お伺いしたい事がございまして、午後三時から四時までに本署の方に来ていただけると助かるのですが、いかがでしょうか、ご連絡お待ちしております、それでは失礼します』

「午後三時…」

 二階にある自室をでて、一階にある居間に入る。

 相変わらず音の無い部屋にうんざりするが、両親が平日でも祝日でも夕飯の時間まで家にいないのは今に始まったことではなかった。夫婦別行動、夕飯のみ家族でという形式は『高葉家』のライフスタイルで、これからもこの関係が変わることはないだろう。

 だから高葉家はいつでも、俺の音と機械の音と、外の音で満たされていた。

「もう少し寝よ…」

 階段を上り、布団にもぐりこむと昨日のことが思い浮かんだ。昨日の突然起きた事故。警察に行けばその結果を見せ付けられるのだろうか。命というほんの一瞬の偶然で失われてしまう、か細い存在の成れの果てを。



「っう、うわぁあッ」

「あっ、救急車来ましたっ!!」

 電話をかけたのが今さっきだとしたら、このタイミングで駆けつけた救急車はかなり優秀だろう。けれど、こんな状態になってしまった人が助かる訳が無い。

 救急車から担架を持った救急隊員が現れ、

「後は、私たちにお任せください。とりあえず警察がこの後来ますので、現場の状況だけお願いします」

 俺とコンビニ店員はその現場から目を放して、コンビニの駐車場で呆然としていた。

「きっと助かりますよね…」

「――そう、願いたいです」

 店員が割かし落ち着いているのは、あの怪我の状況がどれだけ重傷なのかわかっていないからだろう。俺にはわかった。あの傷は、あの出血は、あの状態は、どれも致死に至るに十分だと。

 すると、サイレンを鳴らしたパトカーが駐車場に現れ。中から中年齢の警察官二人が現れ、手にはいつかと同じような回覧板のようなものを持っていた。

「警察来たみたいですね」

「先に僕が行ってきます。状況は僕のほうが説明できると思うんで」

「すいません、何か頭が混乱してて、助かります」

「いいんですよ。こういうの慣れてますから」

――――――――――――――――――――――――――

 その後、説明を終えた俺は家についた頃には家族は全員寝静まっていて、音を立てないように部屋にたどり着くと、とてつもない疲労感と事故の残像が頭に入り込んできた。赤い風景、燃えるような赤、血のような赤、めまいのするような赤、赤、赤、

「もう寝よう…」

 疲れた体と、混乱する頭を静めよう。こんな夜は寝てしまおう。いつかの様に。