赤ちゃんポストが設置された。
そのニュースをテレビで見て、「しばらくは利用者が現れることはないだろう」と思っていた。
しかし、今回のニュース・・・
3歳といえば、もう自分の意思を持つ人間。
父親がどんな顔をしているのか。
どんな声なのか。
ちゃんと判別出来る子もいる。
今は「捨てられた」なんて思っていないだろう。
かくれんぼをしていたのだから。
しかし何年後か、男児はきっと気づくはず。
“自分は捨てられたのだ”と・・・。
会社の上司の話。
彼は、小さい頃に2年ほど、祖母と二人暮らしの時期があった。
それもちょうど3歳という時期。
おばあちゃん子だったせいか、彼にとって2人での生活はとても楽しいものだった。
しかし、2年ほど経ったある日のこと。
祖母は黙って彼の手を引いて、親戚の元へと連れて行ったそうだ。
「もう育てきれない」
その時聞いた、祖母の言葉。
彼は3歳。
まだ、どうして親戚の家で暮らすことになったのか、分からない。
祖母の放った言葉の意味も。
成長して、たくさんの言葉を知り、テレビや漫画などから知識を得、知ることになる。
上司との話でこのニュースが話題にあがり、彼は言った。
「連れていかれたのが親戚の家で、救われたよ。ポストがなくてよかった」
私は当初、ポストの設置に反対ではなかった。
去年、妊娠・中絶を経験したばかりだからだ。
超音波で赤ちゃんの姿を見たときは、正直戸惑った。
堕ろすつもりでいたからだ。
この子は生きているのに・・・と。
でも、育てることができない。
21歳で、結婚しているわけでもない。
無責任なことはできない・・・!
そう思っての決断だった。
近くに赤ちゃんポストがあったら、私は産んだかもしれない。
中絶後の体調不良の中、ドイツの赤ちゃんポストの存在を知って、思った。
産んでから、育てられると思えばそのまま育てる。
無理だど思えばポストに預ける。・・・いや、捨てるという表現が正しいのだろう・・・。
しかしそれこそ無責任。
今はそう思えるようになった。
設置によって、中絶は減るのかもしれない。
「この近くにもポストがあればなぁ。産んですぐ預けてたのに~」
同じ会社で働く19歳の女の子の言葉だ。
彼女には1歳になる女の子がいる。
子供を産むこと、育てるためのこと、もっと真剣に考えなければ。
設置、いいこともあるのかもしれない。
しかし、産むことが、なんだか軽いことのように思えてくる。
私は反対だ。
5月29日。私の“子供”が産まれるはずだった日。
その子には申し訳ないけれど、産まなくてよかった。
何より、ポストがなくて、本当によかった。
そのニュースをテレビで見て、「しばらくは利用者が現れることはないだろう」と思っていた。
しかし、今回のニュース・・・
3歳といえば、もう自分の意思を持つ人間。
父親がどんな顔をしているのか。
どんな声なのか。
ちゃんと判別出来る子もいる。
今は「捨てられた」なんて思っていないだろう。
かくれんぼをしていたのだから。
しかし何年後か、男児はきっと気づくはず。
“自分は捨てられたのだ”と・・・。
会社の上司の話。
彼は、小さい頃に2年ほど、祖母と二人暮らしの時期があった。
それもちょうど3歳という時期。
おばあちゃん子だったせいか、彼にとって2人での生活はとても楽しいものだった。
しかし、2年ほど経ったある日のこと。
祖母は黙って彼の手を引いて、親戚の元へと連れて行ったそうだ。
「もう育てきれない」
その時聞いた、祖母の言葉。
彼は3歳。
まだ、どうして親戚の家で暮らすことになったのか、分からない。
祖母の放った言葉の意味も。
成長して、たくさんの言葉を知り、テレビや漫画などから知識を得、知ることになる。
上司との話でこのニュースが話題にあがり、彼は言った。
「連れていかれたのが親戚の家で、救われたよ。ポストがなくてよかった」
私は当初、ポストの設置に反対ではなかった。
去年、妊娠・中絶を経験したばかりだからだ。
超音波で赤ちゃんの姿を見たときは、正直戸惑った。
堕ろすつもりでいたからだ。
この子は生きているのに・・・と。
でも、育てることができない。
21歳で、結婚しているわけでもない。
無責任なことはできない・・・!
そう思っての決断だった。
近くに赤ちゃんポストがあったら、私は産んだかもしれない。
中絶後の体調不良の中、ドイツの赤ちゃんポストの存在を知って、思った。
産んでから、育てられると思えばそのまま育てる。
無理だど思えばポストに預ける。・・・いや、捨てるという表現が正しいのだろう・・・。
しかしそれこそ無責任。
今はそう思えるようになった。
設置によって、中絶は減るのかもしれない。
「この近くにもポストがあればなぁ。産んですぐ預けてたのに~」
同じ会社で働く19歳の女の子の言葉だ。
彼女には1歳になる女の子がいる。
子供を産むこと、育てるためのこと、もっと真剣に考えなければ。
設置、いいこともあるのかもしれない。
しかし、産むことが、なんだか軽いことのように思えてくる。
私は反対だ。
5月29日。私の“子供”が産まれるはずだった日。
その子には申し訳ないけれど、産まなくてよかった。
何より、ポストがなくて、本当によかった。





ジジです








はじめまして




