3.11の思い出と電動バイク | 電動バイク・EVスクーターユーザーブログ

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マイノリティな電動バイク・EVスクーターユーザーの日常体験記。
メインの愛車はキムコ「サンボーイ」から、アディバ「EM100」に乗り継ぎました。
情報少ない電動バイクについて調べたり体験したりしたことを記録していきます。

こんにちは。今日は3.11です。4年前、あの痛ましい震災が東北を襲った日。ポスター撮影で都内のスタジオにいた私は、当初、東北があんな事になっているとは思ってもみませんでした。でも、何かただごとではない雰囲気は感じとっていました。

東京では最初、細かな地響きから始まって、揺れ始めのときには「ああ、また地震か」程度にタカをくくっていたのを覚えています。しかし、揺れはこれまで体験したことの無いレベルにまで高まっていき、スタジオの天井につるされていたいくつもの照明類がけたたましい音を立て始めます。


ただならぬ揺れにさすがに危険を感じて、吊るしモノの多いスタジオから皆が外へと避難しました。準備していた女優さんはヘアメイクの途中でしたが、頭にタオルを巻いたまま外の車中へ。しばらく待っている間に大きな揺れは収まったものの、安全確認のためしばらくスタジオには戻ることが許されず、女性陣はみな車中でしばし待機です。

外で状況確認のために私も電話をしていましたが、最初の一回だけ会社につながった後は、誰とも連絡がとれなくなりました。その間にも何度か大きめの余震があったと思います。

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なんとかその日の撮影を終わらせた帰り道、いつもはほとんど人通りのないスタジオ前の歩道が帰宅者たちで溢れています。バスは超満員のまま、大渋滞で動きません。ほとんどのスタッフは諦めて徒歩で帰ることになりましたが、自動車で来ていたカメラマンは都心に向かう道の橋をわたるだけで3時間もかかったそうです。

数日して、ガソリンスタンドに長蛇の列が出来ているニュース映像が流れていました。輸送がおぼつかなかったためにガソリンが届かず、売り切れ表示をしているお店が沢山あったからです。

2011年に一般の人が電動バイクに注目し、一時的とは言え販売台数を伸ばしたのは、この震災によるガソリン不足があったそうです。先日のタクシー運転手さんも、電動バイクに興味を持ったのは震災きっかけだったとおっしゃっていました。ガソリンがなくても移動できる、イザというときに蓄電した電気をインバーターを介して電源として使える。たしかに電動バイクは、緊急時にあって損のない乗り物です。

そのころ電動バイクの存在を知らなかった私も、自転車やバイクだったら苦もなく移動できるのになと、あの日スタッフと共に徒歩で帰りながら思っていました。あのあとに起きた輪番停電騒ぎも、電動バイクのバッテリーとインバーターがあればだいぶ助かった人があったと思います。それに、ガソリンは一般人には作れませんが、電気は準備さえしておけば他の手段で家庭でも作れます。太陽光カセットボンベなどいろいろです。

なぜ自分は電動バイクにこだわっているのだろう、電動化を広げないといけないなどと考えているのだろうと顧みたとき、やはり震災の経験は大きいんだな感じます。ガソリンはなくなることがある、電気はこなくなることがある、自動車だと渋滞で走れなくなる。

そうだ。あの晩、電車が止まって帰宅できなくなった家族を、クルマでは迎えに行けなかったから自分は電動バイクにこだわっているのか。なるほど! 書いていて今気がつきました。

バイクだったら渋滞を縫って行けたし、電気だったらガソリンがなくても走れる。でも二人乗りできないと迎えにはいけないから、原付二種以上でなければダメ。ミニカーや超小型車に対してイマイチ心が躍らないのも、渋滞にハマる乗り物だからだ。なるほどねー。

潜在的に自分が欲しいのは、二人乗りのできる電動バイクのようです。だからどこかに引っかかっているのか。あの日を思い出しておいて良かった。腑に落ちました。