数量表現の文法的な正しさと意味について | ボラとも先生のブログ

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このブログは日本語ボランティアを始めた人、やっている人が疑問に感じたこと(特に文法など)について説明するために作りました。

ボラQ215:~をください (please give me ~)、~がある (There is ~) の文章で、名詞+数量の場合、

リンゴを二つください/・二つのリンゴをください

ミカンが一つある/・一つのミカンがある

また、口語的には下記のような使い方をすると思います。

・リンゴ二つをください/・一つミカンがある

さらに次のような回答も多く見かけますが、文法的には正しいのでしょうか?

・二つリンゴをください/ミカン一つがある/・リンゴ二つください

よろしくご教示ください。

 

ボラとも先生A215:ご質問、ありがとうございます。「数詞+助数詞」の問題については以前の記事No.10、No.12、No.58)でも簡単に取り上げたことがありますが、今回は資料をいろいろ調べてまとめてみました。

 

主に調べた資料は『日本語数量詞の諸相 : 数量詞の位置と意味の関係』(石田一成、大阪大学、2006)です。これは、2013年にくろしお出版から書籍化されていますが、以下のULRからもダウンロードして読むことができます。興味のある方はぜひ読んでみてください。

 

https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/1839/21287_%E8%AB%96%E6%96%87.pdf

 

ちなみに、“数詞+助数詞”という組み合わせで数量を表す表現は“数量詞”(Quantifier)と呼びます。また、「~つ」や「~匹」の“助数詞”は名詞を意味グループに分類する働きがありますが、こうした機能に注目するときは“類別詞”(Classifier)と呼ぶことがあります。

 

まず、ボラQ215さんが挙げた例文をパターン(文法的な形式)に分けて整理すると、次の5つのパターンに分けることができます。ただし、Nは名詞、▲は助詞(「を」または「が」)、Qは数量詞、Vは動詞を指します。このうち、最後の⑤B)の文はボラQ215さんの質問にはありませんでしたが、可能性としては考えられるので挙げておきました。

 

【N】QV

A)リンゴを二つください【Nを】Q

B)ミカンが一つある(【Nが】QV)

【QのN】▲V

A)二つのリンゴをください(【QのN】をV)

B)一つのミカンがある(【QのN】がV)

【NQ】▲V

A)リンゴ二つをください(【NQ】をV)

B)ミカン一つがある(【NQ】がV)

【Q】▲V

A)二つリンゴをください(【QN】をV)

B)一つミカンがある(【QN】がV

⑤【QN】V

A)リンゴ二つください(【QN】V)

B)ミカン一つある(【QN】V)

 

ボラQ215さんは上記の④と⑤の文が「文法的に正しい」かどうかというお尋ねですが、なぜボラQ215さんはこれらの文の“文法的な正しさ”について確認したかったのでしょうか。

 

おそらく想像ですが、①~⑤のA)とB)の文の意味がそれぞれ同じ意味なのに、なぜこんなにたくさん同じような言い方があるのか疑問に思い、いくつかは文法的に間違っているのではないかと考えたからではないでしょうか。しかし、④と⑤の文も“助詞の省略”と“語順の変更”という文法で説明できる正しい文です。

 

この問題については以下の説明が簡潔でわかりやすいので、少し長くなりますが、引用します。引用元は『初級を教える人のための文法ハンドブック』(p.390-391)です。

 

【引用始め】

◆⑷⑸のようなガ格、および、ヲ格の名詞を限定するための数量詞は、その名詞の後ろに助詞を付けないで用いる場合もあります。(筆者注:「ガ格」=Nが、「ヲ格」=Nを)

 

⑷ 我が家には2匹の犬がいます。

⑸ 昨日は3通の手紙を書いた。

⑷’  我が家には犬が2匹います。

⑸’  昨日は手紙を3通書いた。

 

カラ格、デ格、ニ格の名詞など他の場合はこのような表現はできません。(筆者注:「カラ格」=Nから、「デ格」=Nで、「ニ格」=Nに)

 

 2人の友達から手紙をもらった。

⑹’  ×友達から2人手紙をもらった。

 

また、「数量詞+「の」+名詞+「が/を」の形と「名詞+「が/を」+数量詞」の形がいつでも使えるわけではなく、使えても意味が異なる場合があるので、注意が必要です。

 

 まず、次のように数量詞が名詞の量ではなく、種類や性質を表すものの場合、「名詞+「が/を」+数量詞」の形は使えません。

 

a.2リットルのやかんを買った。

.×やかんを2リットル買った。

 

以下は意味の異なる場合です。

 

⑻a.その3本のバラをください。

b.そのバラを3本ください。

⑼a.ゆうべ200ページの小説を読んだ。

b.ゆうべ小説を200ページ読んだ。

 

⑻のaでは特定のバラを指しているのに対し、bでは不特定の3本になります。⑼のaでは200ページが小説全体の量であることになるのに対し、bでは一部の量(もっと長い小説のうちの200ページ)という意味になります。

【引用終わり】

 

つまり、ボラ215さんの挙げた例文①A)と②A)、①B)と②B)はそれぞれ形も意味も似ているけれど、詳しく見てみると、意味が違う場合や書き換えることができない場合があるというわけです。

 

ここで言われていることは、各文の文法的な正しさではなく、①のパターンとのパターンの対応する文の意味が同じかどうかであることに注意して下さい。たとえば、A)と②A)の修飾関係を次に示します。

 

A)リンゴを二つください

②A)二つの(➡)リンゴをください

 

この2つの文の文法的な違いは、①A)では数量詞「二つ」の直後に動詞「ください」が来ることで、数量詞は動詞を修飾する(つまり、連用修飾)と考えられますが、それに対して、②A)では同じ数量詞二つ」が「の」を介して名詞「リンゴ」の直前に来ることで、名詞を修飾する(つまり、連体修飾)ということになります。

 

同じように、①B)と②B)を比べると、①B)では数量詞「一つ」の直後に動詞「ある」が来ることで数量詞は動詞を修飾する(つまり、連用修飾)と考えられますが、それに対して、②B)では同じ数量詞の「一つ」が「の」を介して名詞「ミカン」の直前に来ることで名詞を修飾する(つまり、連体修飾)ということになります。

 

①B)ミカンが一つある

一つの(➡)ミカンがある

 

「二つ」や「一つ」という数量詞そのものは一般的には名詞と考えられていますが、動詞を修飾する場合は副詞と同じような働きをしています。

 

これは、たとえば、普通は名詞と考えられている、時を表す名詞「今日」や「昨日」が、⑥A)のように動詞「飲みました」を修飾したり、⑥B)のように名詞「牛乳」を修飾するのと同じことだと考えられます。

 

⑥A)牛乳はもう昨日飲みました

B)昨日の(➡)牛乳はもう飲みました。

 

ここで、①A)の「リンゴを二つください」と②A)の「二つのリンゴをください」という二つの文の意味の違いについて考えてみましょう。

 

これらの文は⑻aと⑻bの2文(以下に再掲)とほとんど同じパターンですが、⑻の文と違って「その」という連体詞はありませんが、やはり“特定”か“不特定”かという意味の違いがあります。そして、その意味の違いは修飾関係の違いとして説明できます。

 

a.その3本の(➡)バラください

そのバラ3本(➡)ください

 

⑻aでは、「その」が「3本のバラ」を修飾しているので「3本のバラ」は特定のバラを指していることがわかりますが、⑻bでは、「その」は「バラ」だけを修飾しているので「そのバラ」は特定のバラですが、「3本」は「ください」を修飾していますから、「そのバラ」の中のどのバラを指して「ください」と言っているのかはわかりません。

 

つまり、「そのバラ(=そこにあるバラ)の中から適当に選んだ3本をください」という意味になり、どのバラが選ばれるかわかりませんから、そのバラは不特定のバラということになります。

 

①A)と②A)の文には「その」がないので、同じような意味に見えますが、この場合も⑻aと⑻bと同じように、特定か不特定かの区別があります。①A)の「リンゴを二つください」の場合は不特定のリンゴを指していて、②A)の「つのリンゴをください」は特定のリンゴを指していることを次に説明します。

 

たとえば、店に来た客が、リンゴがたくさん入っている箱を見て、どれでもいいからリンゴを二つ買う場合は①A)の「リンゴを二つください」と言い、②A)の「二つのリンゴをください」とは言いません。

 

②A)の「二つのリンゴをください」と言うのは、たとえば、リンゴが少しずつ別々にパックされていて、その中の二つにパックされた特定のリンゴを買いたい場合に使う言い方です。

 

つまり、①A)と②A)の2文は一見すると同じ意味を表しているように見えますが、詳しく調べてみると特定・不特定の違いがあり、実際に使う場面が違ってくるのです。

 

また、⑼aと⑼bの文の意味の違いも、それぞれの数量詞「200ページ」が修飾しているのが名詞「小説」なのか動詞「読んだ」なのか(つまり、連体修飾か連用修飾かの違い)から同じように説明できます。

 

⑼a.ゆうべ200ページの(➡)小説を読んだ。

b.ゆうべ小説を200ページ(➡)読んだ

 

では「200ページ」が「小説」を修飾しているので、この小説が全部で200ページであることはわかります。しかし、⑼では「200ページ」が「読んだ」を修飾していることから、読んだページ数はわかりますが、この小説が全部で何ページあるかについてはわかりません。もちろん、少なくとも200ページ以上あることはわかりますが…。

 

さらに、以下に再掲する⑺aと⑺bの2文の違いも、数量詞「2リットル」が修飾しているのが名詞「やかん」なのか動詞「買った」なのか(つまり、連体修飾か連用修飾か)ということから同じように説明できます。

 

a.2リットルの(やかんを買った。

b.×やかんを2リットル(➡)買った

 

⑺bの「やかんを2リットル買った」という文に「×」がついていますが、これはこの文が文法的に正しくないということではなく、意味的におかしい(不適切)だということです。つまり、「やかん」を数える場合は「つ」とか「個」かであり、「リットル」ではないことからくる不適切さです。

 

たとえば、次の例文⑦は⑺の「やかん」を「牛乳」に変えただけですが、「牛乳」を量る数量は「リットル」ですから、⑦A)も⑦B)も意味的に問題なく正しい文だということがわかります。

 

A)2リットル(➡)牛乳を買った。

B)牛乳を2リットル(➡)買った

 

ただし、この場合には、⑦A)の「2リットルの牛乳」が「2リットル入りの牛乳(容器)」という特定の牛乳(容器)を指しているのに対して、⑦B)の「2リットル買った」という場合は、全部で何リットルあるかわからない量り売りの牛乳から「2リットル」という分量を量って買った、というような意味の違いが出てきます。

 

最後に、の例文(以下に再掲)で示されているのは、①のパターン(【QのN】▲V)の文を②のパターン(【N▲】QV)に書き換えられるのは、▲(助詞)が「」と「」の場合だけであり、「から」や「」や「」の場合には書き換えられない、という現象です。

 

 2人の(友達から手紙をもらった。(①のパターン【QのN】▲V)

⑹’  ×友達から2人(➡)手紙をもらった。(②のパターン【N▲】QV)

 

つまり、「2人の友達から」は(▲が「」でも「」でもなく、「から」なので)、「友達から2人」という形に書き換えられないと言っているわけです。

 

しかし、この例文で示されているのは、⑹’の文が文法的に正しくないとか意味的におかしい(不適切)ということではなく、⑹の文と同じ意味の文に書き換えることはできないということを言っているのです。

 

たとえば、次の⑧の2文を見てください。ここでは⑹と同じように「から」という助詞が使われていますが、両方とも文法的にも意味的にも問題なく正しい文です(⑧の場合は「」も使えます)。

 

A)二つの(➡)リンゴから)パイを作りました。

B)リンゴから二つ(➡)パイを作りました

 

ただし、問題は、⑧A)⑧B)では文の意味が違ってくることです。⑧A)の材料はリンゴ2つで、作ったパイはいくつかわかりませんが、それとは逆に、⑧B)の文では材料のリンゴの個数がわかりませんが、作ったパイは2つという意味になります。

 

こうした意味の違いも、数量詞が修飾しているのが名詞なのか動詞なのか(つまり、連体修飾か連用修飾か)という点から説明できます。

 

最後に、なぜこんなに同じような言い方がたくさんあるのかという疑問の件ですが、上で述べたように文法や意味の問題もありますが、“文体”の違いもあるようです。

 

『日本語の類意表現』(森田良行、創拓社、1988)の第五章32「三匹の子豚がいる」か「子豚が三匹いる」(p.248-254)では、数量詞の形式を、連用修飾と連体修飾に分けて、連用修飾(①のパターン)を「より日本語らしい表現」、連体修飾(のパターン)を「改まった表現、文章体」だと述べています。

 

私の推測では、連体修飾である②のパターンの「二つのリンゴ…」や「一つのミカン…」のような文は、(明治期から大正期に)外国語(特に英語)の影響から生まれ、そこから学術的な表現として広範に使われるようになったのではないかと思われますが、そういう証拠はまだ見つかっていません。

 

さらに、『日本語の類意表現』には、最近では①と②のパターン以外に、「リンゴ二つをください」や「ミカン一つがある」のような③のパターンも現れ、「法令文などで最近特に目立って使われ出した」と述べられていました。興味深いことに、ボラQ215さんは③のパターンは“口語的”と思われたようですが、できればその理由も伺ってみたいものです。