ボラQ202:日本語について質問があります。先日、テレビで囲碁の史上最年少プロ棋士として9歳の女の子が紹介されていました。そのときにご両親が彼女の性格を「負けず嫌い」と言っていました。もちろん、「負けるのが嫌い」という意味だと思いますが、なぜ「負け嫌い」ではなく、「負けず嫌い」と言うんでしょうか。「負けないのが嫌い」=「負けるのが好き」という意味になってしまうのでは?
ボラとも先生A202:この問題は今までいろいろなところで議論されてきました。主なものを書かれた年の順に挙げておきます。ただし、⑥は書かれた年がわからなかったので最後にしました。
①〔問57〕「負けず嫌い」という表現はおかしくないか
『「ことば」シリーズ13言葉に関する問答集』(文化庁、大蔵省出版局、1980年)(p.78-9)
②負けず嫌い?(最近気になる日本語:NHK放送文化研究所2001年)
https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/055.html
③負ケズギライの「ズ」『大野晋の日本語相談』(大野晋、朝日出版社、2002年)(p.204-8)
④食わず嫌いと負けず嫌いという言葉について気になります。(Yahoo!知恵袋、2006年)
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q118846766
⑤「負けず嫌い」はおかしな言い方か?(日本語、どうでしょう?2016年)
https://japanknowledge.com/articles/blognihongo/entry.html?entryid=335
⑥負けず嫌いの「ず」の意味(なぜなに大辞典)
https://5w1h-allguide.com/%E8%B2%A0%E3%81%91%E3%81%9A%E5%AB%8C%E3%81%84-429
どの記事を読んでも、「負けず嫌い」の「ず」を問題にしていて、ボラQ202さんのように「負けないのが嫌い」=「負けるのが好き」と考えて疑問に思うようです。
⑥の説明が③の説(「むとす」説)も紹介しているので以下に⑦として紹介します(▼から▲まで引用)が、どの説明もだいたい似たような趣旨です。
負けず嫌いとは、他人に負けることを嫌がる勝気な性格のことをいいます。
食わず嫌い(食べず嫌い)は、食べたことがなく、味も知らないのに嫌いだと決め込むことです。
食わず嫌いの「ず」は打消しの助動詞(「ない」という意味)ですが、この「ず」を「負けず嫌い」に当てはめると、負けないことが嫌い、つまり、勝つことが嫌いという、反対の意味になってしまいます。
江戸時代には、「負けず嫌い」を「負け嫌い」といっていました。
人に負けまいと奮い立つ気持ちは「負けじ(負けず)魂」といいます。
この「負け嫌い」と「負けず魂」が混同され、「負けず嫌い」になったというのが、最も有力な説とされています。
負けず嫌いの「ず」は「むとす」の意味
負けず嫌いの語源には、「負けむとす」からという説もあります。
「むとす」は意思を表す助動詞で、「しようとする」という意味になります。
「むとす」が「むず」「うず」「んず」「ず」となり、「負けず嫌い」に変化したというものです。
「むとす」が「ず」に変化することは考えられますが、
このような意味で「ず」が使われたのは江戸時代です。
「負けむとす嫌い」や「負けず嫌い」の例はありません。
「負けむとす嫌い」が変化したと考えるのは難しいといえます。▲
さらに、国語辞典で「負けず嫌い」を調べてみると、次のようになっていました。
⑧『デジタル大辞泉典』…《「負け嫌い」「負けじ魂」などの混同からか》他人に負けることを嫌う勝気な性質であること。
⑨『現代国語例解辞典』(小学館)…▶「負け嫌い」と「負けじ魂」の混態かという。意味からは「負け嫌い」の方が理屈に合っているが、今日では「負けず嫌い」の方が一般的である。
⑩『旺文社国語辞典』(旺文社)…勝気で負けることを極端にきらう性質。また、その人。【参考】「ず」は否定の助動詞だが、この場合「まけぎらい」と同意。「怪しからず(=怪しい)、ころばぬ先(ころぶ前)の杖なども同様。
⑪『明鏡国語辞典』(大修館)…負け嫌い。否定の強調で「負け嫌い」に打消しの「ず」を挿入したもの。
つまり、専門家やネットや国語辞典のほとんどの説明は、「負けず嫌い」という表現を理屈に合わない表現だと考えていることがわかります。
なぜそう考えてしまうかというと、「勉強嫌い」や「野菜嫌い」が「勉強」や「野菜」と「嫌い」の複合語で「勉強が嫌い」、「野菜が嫌い」という意味なのだから、「負けず嫌い」も同じように「負けないことが嫌い」という意味になると考えてしまうのですが、はたしてそのような考え方に問題はないのでしょうか。
「負けず嫌い」という表現に大きな影響を与えているのが「食わず嫌い」という表現です。というのも、「~ず嫌い」という表現を逆引き辞典で調べてみると、「食う(食べる)」と「負ける」という2つの動詞しか見つけることができないからです。
⑦の「負けず嫌いの語源」にもあるように、「負けず嫌い」は、江戸時代の「負け嫌い」が大正時代に入ってから「負けず嫌い」になったようですが、「食わず嫌い」は以前から使われていて、現在では「食う」が下品な感じを与えるためなのか、「食べず嫌い」も使われています。
そこで、この「食わず嫌い」の意味をもう一度よく考えてみたいと思います。
実は、「食わず嫌い」の「食わず」も「食べる」ということ自体を否定しているのではなく、「食べたこともないのに」とか「食べようともしないで」、「食べてもみないで」のように、「味も知らないのに」という意味であり、食べた経験や結果を否定しているのです。
つまり、「食わず嫌い」という表現は、「食べないことが嫌い」という意味ではありませんから、「食べることが好き」という意味にはならないことがわかっているのに、ほとんどの人が「負けず嫌い」だけが「負けないことが嫌い」、つまり「負けることが好き」という意味になると勘違いしているのです。
たとえば、⑦の3~5行目の説明を読んでみると、「食わず嫌い」の「食わず」を「食べたことがない」と考えたはずなのに、「負けず嫌い」の「負けず」は「負けたことがない」ではなく、突然「負けること」に置き換わっています。つまり、ここに論理の飛躍があります。
ほとんどの人が⑦と同じような論理の飛躍をしているのには何か理由があるはずです。そこで「食わず嫌い」と「負けず嫌い」の意味の違いをもういちど考えてみます。
食べ物の好き嫌いは食べた経験や結果、つまり「味」によって決まるのがふつうなので、それさえもしない(知らない)ということは「理由もなく嫌う」ということであり、そこから「好き嫌いが激しい」、「わがまま」というニュアンスが出てきます。
囲碁や将棋などの勝負事の場合は、ふつうは「負けるとくやしい」わけですが、「負けてもいないのにくやしい」と表現して負けたときのくやしさを強調することで、「負けん気の強い」、「勝気だ」というニュアンスが出てくるのです。
ところが、食べ物の場合は、非常に嫌いなことを言いたいときに「食べない」と言えば、「食べたこともない(味も知らない)のに嫌い」という強調の意味以外に、「食べられないほど嫌い」とか「食べることが嫌い」というふつうの否定の意味も考えることもできます。
「食わず嫌い」と聞いてすぐ頭に思い浮かぶのは「食べたこともないのに嫌い」という意味かもしれませんが、「負けず嫌い」の場合は、おそらく「負けたこともないのに嫌い」とか「負けられないほど嫌い」という意味や状況が想像しにくいために、「負けないことが嫌い」という意味だと考えてしまうのだろうと思われます。
結果として、⑪の「否定の強調」ということになりますが、もう少し詳しい説明があれば、こうした勘違いは避けられると思いました。