オ列の長音「とう」と「とお」について | ボラとも先生のブログ

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このブログは日本語ボランティアを始めた人、やっている人が疑問に感じたこと(特に文法など)について説明するために作りました。

ボラQ11:「おかあさん」は発音通りに「かあ」と書くのに、「お父さん」はどうして「とお」ではなく、「とう」と書くのかと聞かれました。オ列の長音は、普通は東京「とうきょう」のように「とう」と書くほうが多いと思いますが、どうして「とお」と書かないのでしょうか。

 

ボラとも先生A11:「とう」も「とお」も発音は同じで、オ列の長音の「オー」と発音します。ただし、「遠い」「通る」「十日」などは「オー」と発音されますが、キーボードに入力するときは「とう」ではなく、「とお」と入力しなければ目的の単語が出てきません。逆に、「お父さん」や「東京」などは「とお」ではなく、「とう」と入力しなければなりません。

 

これについては、以前の記事「助詞の「は」「へ」「を」の読み方について」でも少し触れましたが、日本語の仮名遣いでよく問題になるのが、オ列の長音と「じ・ぢ」「ず・づ」の使い分けです。

 

前回は、助詞の「は」「へ」「を」をなぜ「ワ」「エ」「オ」と読むのかという理由については述べませんでした。日本語の歴史に関することだったので日本語を教えるときには必要ないと思ったからです。もちろん、学習者にそのまま教える必要はないのですが、知っておいたほうが何かのときに便利なので、一応説明しておきます。

 

平安時代から起こった日本語の発音の変化で、ハ行の音が語頭以外の場所ですべてワ行の音に変化した「ハ行転呼」という現象があります。その結果として、語尾に来る助詞の「は」「へ」は発音がワ行の「ワ」と「エ」に変化しました。たとえば、「小田原」の「原(はら)」を「わら」と読んだり、「一羽」の「羽(は)」を「わ」と読むのはこのハ行転呼の影響だと考えられます。以下の「Q&A」も参照してください。

 

http://okwave.jp/qa/q488611.html

 

しかし、表記はそのまま「歴史的仮名遣い」として残り、第二次世界大戦直後まで使われていました。「歴史的仮名遣い」は現実の発音とかなり違っていたため、戦後になって「現代かなづかい」(1946年)に変更したのですが、そのときに、伝統を重んずる作家や多くの文化人の反対を抑えるために「歴史的仮名遣い」を部分的に残した結果が現在の「現代仮名遣い」(1986年)です。

 

「現代仮名遣い」ではまず第1の規定で「原則」を示し、次に第2の規定で「例外」を示すという方法で書かれていますが、助詞の「は」「へ」「を」については例外の第2の規定で①のように書かれています。ただし、その読み方については第1の規定で「語を書き表すのに、現代語の音韻に従って次の仮名を用いる。」と書いてあるだけです。

 

①A)助詞の「を」は「を」と書く。(第2の1)

①B)助詞の「は」は「は」と書く。(第2の2

①C)助詞の「へ」は「へ」と書く。(第2の3)

 

「お父さん」などのオ列の長音についてどのように規定しているかというと、まず「とう」という表記を「原則」として第1の規定で示してから、第2の規定の特例6として「次のような語はオ列の仮名に「お」を添えて書く。」と書かれていて、そのあとに②のような語が列挙されています(全部で22語)。「お父さん」はこの②の中に含まれていないので、結局、原則通りに「とう」と書くのだということがわかります。

 

②おおかみ(狼)、おおせ(仰)、おおやけ(公)、こおり(氷・郡)、こおろぎ、ほお(頬・朴)、ほおずき、ほのお(炎)、とお(十)、いきどおる(憤)、おおう(覆)、こおる(凍)、しおおせる、とおる(通)、とどこおる(滞)、もよおす(催)、いとおしい、おおい(多)、おおきい(大)、とおい(遠)、おおむね(概)、おおよそ(凡)

 

つまり、「お父さん」という語は「オトーサン」と発音通りに「長音」として表記するかどうかとは関係なく、父親という意味の日本語としては、原則通りに(第1の規定に従って)表記することを「仮名遣いのよりどころ」、つまり「規範」だと言っているのです。

 

ということは、「お父さん」を規範に合うように表記するためには②の語をすべて覚えておかなければ、「おとうさん」と「おとおさん」のどちらが正しい(=規範通り)かはわからないということになります。では、私たちは②の語を全部覚えているでしょうか。おそらくそういう特別な表記をする語があることも知らない人がほとんどではないでしょうか。「十日」や「大きい」、「遠い」、「通る」などは小学校のときに漢字といっしょに読み方をそのまま覚えたという人がいる程度だと思います。

 

小学校の先生や国語の教師、または日本語教師は少なくともそういう語の存在は知っていると思いますが、かなり努力をしなければ22語の単語を全部覚えているのは大変です。日常生活でも必要だと思われる以下の③A)の6語程度は覚えておいたほうがいいかもしれません。

 

いろいろな覚え方がありますが、次の③A)~③C)などはいかがでしょうか。③A)【小学生レベル】は教育科学研究会の須田清氏作成、②【中学生レベル】と③【高校生レベル】は私が作成してみました。もし、覚えるのが苦手だったり面倒だったりする人はその都度、辞書やネットで調べるという方法もあります。

 

③A)【小学生レベル】とお(遠)くの大(おお)きな氷(こおり)の上を多(おお)くの狼(おおかみ)十(とお)ずつ通(とお)る

③B)【中学生レベル】滞(とどこお)った仰(おお)せに炎(ほのお)のように憤(いきどお)りながら、凍(こお)った頬(ほお)を鬼灯(ほおずき)で概(おおむ)ね覆(おお)いながら

③C)【高校生レベル】いとおしい蟋蟀(こおろぎ)のために公(おおやけ)の催(もよお)し物を凡(おおよ)そしおおせた。

 

最後に、なぜオ列の長音だけがこのように複雑な表記法を採用しているのかを見てみましょう。ア列やイ列やウ列の長音に関しては、そのまま「あ」、「い」、「う」を書き加えればいいだけですが、エ列とオ列の長音だけが特別な表記法になっている主な理由は、日本語の歴史的な変化が原因です。

 

上記の「現代仮名遣い」には第2の規定の特例6で②の22語を列挙したあとで、なぜこれらの語が例外なのかの理由として、④のように書かれています。

 

④これらは歴史的仮名遣いでオ列の仮名に「ほ」又は「を」が続くものであって、オ列の長音として発音されるか、オ・オ、コ・オのように発音されるかにかかわらず、オ列の仮名に「お」を添えて書くものである。

 

実は、エ列の長音の表記法も「え」を書き加えるのは「(お)ねえさん」と(「はい」という意味の)「ええ」の2語だけで、それ以外のエ列の長音は「え」ではなく「い」を書き加えることが、第2の規定のあとに【付記】として⑤のように書かれています。

 

⑤次のような語は、エ列の長音として発音されるか、エイ、ケイなどのように発音されるかにかかわらず、エ列の仮名に「い」を添えて書く。

 

そして、実際にどのように表記するかを具体的な例を示したのがそのあとの【付表】です。この付表の例を見ると、「コー」という長音は「こう」「こふ」「かう」「かふ」「くわう」などの様々な発音のものをオ列の長音のとして統一したものだということがわかります。しかし、オ列の長音の代表としてなぜ「お」ではなく「う」を添えることになったのか、またエ列の長音の表記になぜ「え」ではなく「い」を添えることになったかという理由についてもどこにも書いてありません。以下は私の推測です。

 

長音でいちばん多いのは漢字語の音読みです。漢字語の音読みで「う」や「い」の長音は、もともと中国語では「ng」や「p」などの子音で終わる音節でした。つまり、子音で終わる音節のない日本語(「ん」は例外)にとってこの子音で終わる音をどう書き表すかという問題なのですが、日本語の母音でいちばん子音に近い母音というと「う」と「い」なのです。「w」と「y」は子音ですが、「半母音」とも呼ばれることからも子音に近い母音だということがわかります。そのために、外来語の子音の表記として「う」と「い」が選ばれたのだろうというのが私の推測です。

 

(注)この記事は2019年11月26日に一部変更したものです。