娘の誕生日が近いとかで、また母がいきなりやって来たのだった…。
息子は部屋を荒らし回り、服を全部脱いでしまう状況…。
(最近こんなである…orz)
また玄関先にしてもらった。
母は娘にお菓子を持ってきた。しかし娘は幼稚園の時間だ。
私ははっきり言って怒っていた。
そもそも会いたくないのに、いきなり来られて迷惑だ。
なのでそのまま言ってやった。
母のことも大嫌いだとそのまま言ってやった。
子どもじみているが、もう大真面目に。
母は前に2冊渡した本(『毒になる親』『インナーマザー…』)を読み、
自分の思いを書きつづり、
最近は祖母へ遠慮せずいろいろ思ったことを言うようになったという。
祖父とはあまり関わらないが、祖父は相変わらず人が傷つくようなことばかり平気で言うらしい。
母は結構開き直って(年の功で開き直りも早い)、
職場で能力がないのを隠さず、
実の両親との同居の難しさなども進んで話すようになり、彼女なりに気が軽くなったそうだ。
(私なんかよりさっぱりした顔をしていた)
私が「うちに対して何も言わないでくれ」と言うと、
「何も言いやしない。なぜそんな風に思うのか?」と問うので、
「私は母から「また何か言われるに違いない」と考えて、
それが嫌だから自分で高い防御壁を築かずにはいられないのだ」と言うと、
母は、「それは私が母親(祖母)に対して思ってしまうのと同じね」と理解したようだった。
また、「娘の誕生以降、弟の結婚辺りまでは、時々実家に来て明るく過ごしていったのに、
あれは一体何だったの?」と問うので、
「私は母や祖父母ら実家の思惑を考え、
こうすれば喜ぶのかと自分のやりたくないことまで過剰にやってしまって、
もうそういうのはやめにしたいと思った。
自分が行きたいなら行けばいいし、行きたくなければ行かなくていいと思う。
相手の希望を読んで動くようなことをよくしてしまうが、
そういうのを変えて行きたいのだ」と答えた。
母は「私も母(祖母)に対してずっと同じことをやってきてしまったからよく分かる」とまた理解したようだった。
母はあの本2冊でだいたい理解したようだった。
思ったより理解が早いようで驚いた。
私は「母に対しては怒りが溜まっているので、まだまだ主張(恨み言か?)していかないと収まらない。
時々自己主張しに行くこともあると思うからそのつもりで」と断った。
他にも私は母に噛み付くようなことを言った。
感情的にならずに冷静に…?
だめである。いきあたりばったりに主張する際、母相手に感情的にならないようにするのはまだまだ難しい。
しかし、時をおいて考えると、
私自身が、理想化しやすく完璧主義に陥りやすい傾向がある。
なので、あんなでもまずは言えてよかったのではないか?と思った。
母も少し変わったような気がする。
以前だったら、私の主張に対して「私はもっと大変だった。あんたなんかに私の辛さが分かるか!?」と
母は自分の主張を乗せてきた。
それを言われると子供は何も言えなくなる。
しかし、2つの別個の問題を一緒にするのは本来はおかしいのだ。
問題を解決する主体者もそれぞれに違う。
本来はそれぞれが、加害者と思う相手に対して主張するのがいいと思う。
しかし今回、母は自分の話を上乗せせずに私の話を聞いていた。
母は「こんな日が来ると思っていた。自分の過去の子育てへの報いは必ず来ると思っていた」と言って詫びた。
しかし、私には表に出さない感情がたくさんあり、軽々しく許せるとか何とかは絶対に言えない。
「私も娘から主張・糾弾される時が来たら、申し開きせずすべて受け止めるつもりでいる。
私は親だからその責任があるし、自分がそんないい子育てはできていないと思っているから」と私も言った。
本当にそのままのつもりだ。
母が嫌いなので、直後はぐったりして急襲に腹が立っていたが、
自分の主張が受け入れられたので、だんだん気持ちが平らになったように思う。
孫の誕生日プレゼントを持って行って、娘から激しく怒られる…。
母も少し気の毒だなと思った。
娘に対する気持ちは感謝したい。
しかし、私の中の鬱憤も半端な量ではないのだ。
まだまだ抑圧してきた本音を適宜明らかにしてやらないといけない。
中途半端だった反抗期の再来。やり直しだ。
三十路ともなると、反抗期は大変だが…。
母には悪いが、和解まではまだ時間がかかるだろうし、時間をかけないといけないと思う。
息子は部屋を荒らし回り、服を全部脱いでしまう状況…。
(最近こんなである…orz)
また玄関先にしてもらった。
母は娘にお菓子を持ってきた。しかし娘は幼稚園の時間だ。
私ははっきり言って怒っていた。
そもそも会いたくないのに、いきなり来られて迷惑だ。
なのでそのまま言ってやった。
母のことも大嫌いだとそのまま言ってやった。
子どもじみているが、もう大真面目に。
母は前に2冊渡した本(『毒になる親』『インナーマザー…』)を読み、
自分の思いを書きつづり、
最近は祖母へ遠慮せずいろいろ思ったことを言うようになったという。
祖父とはあまり関わらないが、祖父は相変わらず人が傷つくようなことばかり平気で言うらしい。
母は結構開き直って(年の功で開き直りも早い)、
職場で能力がないのを隠さず、
実の両親との同居の難しさなども進んで話すようになり、彼女なりに気が軽くなったそうだ。
(私なんかよりさっぱりした顔をしていた)
私が「うちに対して何も言わないでくれ」と言うと、
「何も言いやしない。なぜそんな風に思うのか?」と問うので、
「私は母から「また何か言われるに違いない」と考えて、
それが嫌だから自分で高い防御壁を築かずにはいられないのだ」と言うと、
母は、「それは私が母親(祖母)に対して思ってしまうのと同じね」と理解したようだった。
また、「娘の誕生以降、弟の結婚辺りまでは、時々実家に来て明るく過ごしていったのに、
あれは一体何だったの?」と問うので、
「私は母や祖父母ら実家の思惑を考え、
こうすれば喜ぶのかと自分のやりたくないことまで過剰にやってしまって、
もうそういうのはやめにしたいと思った。
自分が行きたいなら行けばいいし、行きたくなければ行かなくていいと思う。
相手の希望を読んで動くようなことをよくしてしまうが、
そういうのを変えて行きたいのだ」と答えた。
母は「私も母(祖母)に対してずっと同じことをやってきてしまったからよく分かる」とまた理解したようだった。
母はあの本2冊でだいたい理解したようだった。
思ったより理解が早いようで驚いた。
私は「母に対しては怒りが溜まっているので、まだまだ主張(恨み言か?)していかないと収まらない。
時々自己主張しに行くこともあると思うからそのつもりで」と断った。
他にも私は母に噛み付くようなことを言った。
感情的にならずに冷静に…?
だめである。いきあたりばったりに主張する際、母相手に感情的にならないようにするのはまだまだ難しい。
しかし、時をおいて考えると、
私自身が、理想化しやすく完璧主義に陥りやすい傾向がある。
なので、あんなでもまずは言えてよかったのではないか?と思った。
母も少し変わったような気がする。
以前だったら、私の主張に対して「私はもっと大変だった。あんたなんかに私の辛さが分かるか!?」と
母は自分の主張を乗せてきた。
それを言われると子供は何も言えなくなる。
しかし、2つの別個の問題を一緒にするのは本来はおかしいのだ。
問題を解決する主体者もそれぞれに違う。
本来はそれぞれが、加害者と思う相手に対して主張するのがいいと思う。
しかし今回、母は自分の話を上乗せせずに私の話を聞いていた。
母は「こんな日が来ると思っていた。自分の過去の子育てへの報いは必ず来ると思っていた」と言って詫びた。
しかし、私には表に出さない感情がたくさんあり、軽々しく許せるとか何とかは絶対に言えない。
「私も娘から主張・糾弾される時が来たら、申し開きせずすべて受け止めるつもりでいる。
私は親だからその責任があるし、自分がそんないい子育てはできていないと思っているから」と私も言った。
本当にそのままのつもりだ。
母が嫌いなので、直後はぐったりして急襲に腹が立っていたが、
自分の主張が受け入れられたので、だんだん気持ちが平らになったように思う。
孫の誕生日プレゼントを持って行って、娘から激しく怒られる…。
母も少し気の毒だなと思った。
娘に対する気持ちは感謝したい。
しかし、私の中の鬱憤も半端な量ではないのだ。
まだまだ抑圧してきた本音を適宜明らかにしてやらないといけない。
中途半端だった反抗期の再来。やり直しだ。
三十路ともなると、反抗期は大変だが…。
母には悪いが、和解まではまだ時間がかかるだろうし、時間をかけないといけないと思う。