(書評)鈴木敏文の「統計心理学」―「仮説」と「検証」で顧客のこころを掴む | 元官僚戦略コンサルタントのブログ

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某省でキャリア官僚として5年間程度勤務し、その後戦略コンサルタントに転じた著者が、官僚からコンサルへの転職活動を具体的に紹介するとともに、日々の仕事や生活の中で日本経済について思うこと、また読んだ本の書評などを書いていきます。

セブンイレブンの会長鈴木敏文さんの経営手法・哲学を紹介した本、


鈴木敏文の「統計心理学」―「仮説」と「検証」で顧客のこころを掴むhttp://www.amazon.co.jp/dp/4833417626


を読みました。


本書は、鈴木氏本人ではなく、鈴木氏と近しいジャーナリストが書いています。

しかしながら、鈴木氏の言葉を随所で引用しつつ、その経営手法や経営哲学を分かりやすく解説しています。良書です。


本書を読み、鈴木氏の経営手法に個人的にいたく感銘を受けたので、概要をご紹介したいと思います。


鈴木さんの経営手法のエッセンスは、次の2点に集約されます。


①徹底して顧客目線で考える
②仮説検証しながら売れ筋商品を見極める


まず①について。

現代は、「作れば売れた」という高度成長期から一転、「売れるものを作らないといけない」というディマンドサイドの経済になった。そうしたマクロ経済の構造変化も踏まえつつ、徹底して顧客側の目線に立った商品企画や販売戦略が必要と説きます。例えば、今売れている商品が本当に顧客を捉えているかは分からない。そのコンビニの商圏の年齢層とミスマッチを起こしている可能性もあります。供給側の論理だと、現在売れていれば問題ないと思ってしまいがちですが、そこを疑い、「真に顧客が求めるものを提供できているか」を顧客目線に立って考えることが必要と説きます。


具体例として挙げられているのが「高付加価値おにぎり」。従来、コンビニ等で売られているおにぎりの価格は100円程度が相場でしたが、そこに200円弱の高価格のおにぎりをはじめて投入したのがセブンイレブンです。なぜ、バブル崩壊後のデフレの下でそうした高価格のおにぎりを投入したのか。それは、鈴木氏が「景気が悪いときほど、顧客は価値のあるものを求めるはずだ」と考えたからです。実際この高価格おにぎりは成功し、今では他のコンビニでも見られるようになりました。


「デフレだから価格の高いものは売れない」

というのは供給側の論理です。


顧客目線で考えることで、上記の成功を実際におさめたということです。


次に②について。

近年になって、ビジネスにおいて「仮説検証プロセス」が重要であることが叫ばれるようになってきましたが、鈴木氏はこの仮説検証プロセスを「誰よりも早く」「誰よりも徹底して」実践してきた経営者です。


本書によれば、鈴木氏は大学で経済学を学び、また新卒で入ったトーハンで市場調査を行う中で、データをつぶさに分析しそれに基づき仮説を立てることの重要性を学んだとのこと。セブンイレブンでは、設立当初(1973年)からこの仮説検証プロセスが徹底して行われてきました。


本書ではその詳細が解説されています。


まずは、データの徹底した分析。セブンイレブンの代名詞であるPOSシステムで、各商品の販売点数、販売時刻を正確に把握し、それらのデータをもとに分析します。


ただし、POSシステムの数字を分析するだけでは、仮説検証になりません。


重要なことは「未来に何が売れそうか」について仮説を立てることだと説きます。


POSデータでは「過去から現在にかけて何が売れたか」は計測できますが、「今後何が売れるか」は計測できません。今日まで売れていたものが明日突然売れなくなる可能性もあります。


したがって、明日何が売れるかを予測するためには、マシーンではなく人間が様々な情報を加味して仮説を立てるしかないわけです。そして、その仮説が正しかったかどうかを、POSデータで確認する。


そのサイクルを不断に回していくことが、鈴木氏の考える仮説検証プロセスです。



以上が本書の肝ですが、「顧客目線で考えること」や「仮説検証すること」は、流通業界のみならずどの業界でも重要なことです。本書の内容を自分の会社の商売に置き換えて考えてみることは非常に有益と思われます。


・顧客重視の経営とはどういうことか
・ビジネスにおける仮説検証とはどういうことか


こうした問題意識をお持ちの方にはぜひお勧めしたい本です。



最後に1点。


鈴木氏の言葉で私が特に感銘を受けたのが、「経営とはマクロをミクロに落とし込むことである」という格言です。


経営ではよく現場を見ることが大切と言われます。いわゆる「現場主義」です。実際に現場主義を標榜する経営者もたくさんいます。


しかし鈴木氏は、現場主義とは別の立場をとります。

それが「マクロからミクロへ」という発想です。


現場主義とは「ミクロで何が起きているか」を重視するスタンスですが、鈴木氏はそのスタンスは大事なことを見落とすリスクがあると説きます。


例えば、ある店舗(現場)に実際に足を運び、若年層の顧客が多いことを知ったとしましょう。そして、それを踏まえ、「若年層に受ける商品を陳列しよう」という経営判断をしたとします。

これはまさしく現場主義の典型例です。


一方、マクロでみたときに、その店舗の商圏に高齢者の住人が増えていたとします。こうした状況では、若年層だけでなく、高齢層もターゲットにする必要があります。


ミクロで正しいことが実は正しくない一例です。


鈴木氏は、こうした「部分最適」に陥らないために、まず最初にマクロ環境を統計等で把握し、そのマクロ環境を踏まえた上で一店舗レベルの経営戦略を立てるという姿勢が必要とします。

これが鈴木氏のいう「マクロをミクロに落とし込む」という言葉の意味です。


よく「優秀な経営者は大局観を持っている」と言われますが、この鈴木氏の「マクロからミクロへ」という姿勢は、大局観という抽象的な言葉を具体化したものと言える気がします。


グローバル化の進展などにより経済の先行きの不透明さが一層増しつつある中で経営を正しくかじ取りしていくためには、このマクロからミクロへという発想は非常に重要となる気がします。