どれだけ心が壊れても。 | 憂鬱バンドマンの発狂日記 strange world's end 飯田カヅキのBlog

どれだけ心が壊れても。

20150921

先週、祖母が亡くなりました。

そして今日は最後の別れだった。

家族葬でこじんまりでしたが、祖母がそれを望んでいたので、
少人数の中、アットホームな感じもありつつ、無事終えました。

それで良かったと思います。

甥っ子2人にも逢えたけど可愛かったな。


祖母は高齢でしたが、
昨年から肺がんを患い、表現的には変ですが、
3月に逢った時はまだ元気でした。

最近調子が悪くなり、俺が逢いに行こうと思っていた日の2日前に亡くなりました。

亡くなってすぐの午後、逢いに行った時は本当に生きているようだった。
まぁそれはそうか、3時間前には生きていたんだ。

でもまた、祖父の時と同じように少し間に合わなかった。


祖母は今までの人生で何度も死にかけ、
そしてくぐり抜け、優しくも強く、
破天荒な人生を生きた人だったと思います。

最後の時、きっとつらかったのに大丈夫だと耐えて、
痛みを訴える事もなく逝きました。

注射を打てばすぐに楽になれる為、
自分ではそう言わなかったんだと思います。


ばぁちゃんだけはどんな時も俺の事をずっと肯定してくれた唯一の人でした。

今までの一緒に居た場面を思い出しながら、
危篤になってから。
亡くなってからも。

毎日、夜に俺は涙しました。
時には牛丼屋でカレー喰ってる最中に。
電車で思い出してしまい。

声を殺し、時にはそれも出来ず嗚咽をあげ。
どうにも抑えられなかった。

自分のような人間にも自然に流れる、
こんな涙が残っていたんだと意外にも思うくらいだった。


どれだけ心が壊れても、俺はまだ人間だったんだと知らしめてくれた。


火葬場で焼かれる際、
じぃちゃんが亡くなった時の事を思い出した。

ばぁちゃんが骨になったじぃちゃんを見て、
「こんなになっちゃって」と泣いていたね。

俺も同じことを言ったよ。

骨を見ていたら、くも膜下出血の時に頭を拓いた跡がありました。
人の歴史は心にも身体にも刻まれていくものなんだなと思った。


ばぁちゃん、今までどうもありがとう。
ゆっくり休んでね。

せめてもう一度逢いたかったよ。

それだけが心残り。

だけど、つらくてつらくてどうしようもないけれど。

俺は俺の道を行く。

貰った命を使い切るまで。


次もし、あの世で逢えたら、
その時はカラオケにいこう。

でも俺は演歌は解らないけどね。

それではまた。