Although if... -9ページ目

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Another if...(http://ch.nicovideo.jp/3e52)

その1(01.メリッサ 02.ハネウマライダー 03.ネオメロドラマティック)

http://www.nicovideo.jp/watch/nm16509453

MP3: http://nicosound.anyap.info/sound/nm16509453


その2(04.幸せについて本気出して考えてみた 05.サウダージ 06.Winding Roadマイリストコメント編集
http://www.nicovideo.jp/watch/nm16509467

MP3: http://nicosound.anyap.info/sound/nm16509467


その3(07.シスター 08.リンク)
http://www.nicovideo.jp/watch/nm16509487

MP3: http://nicosound.anyap.info/sound/nm16509487


その1から見始めると自動的に次の動画へ移動します。



いやー懐かしいですね…

自分は2008年(3年前)の11月にうp主としてデビューする訳なんですが、その前は

ポルノグラフィティのバンドスコア見ながらMIDIを打ち込んで再現するという

下積み修行をやっていたんですねぇ…


DTMを自分が始めたのは中学を卒業した時の春休みの時でした。

中学の友人にDominoを教えてもらったのが始まりでした。あの時から使ってるソフトも

MSGS(Windows初期装備音源)も変わってないから、使い続けてもう3年半以上ですか…

当時の自分は夢にも思わなかったでしょうね。



今回のツアーを作ろうと思ったのは、実家に戻って時間があるので

今まで作ってきたデータを掘り出してたら「ドラム音色以外をPiano 1(音色を振り当てる命令が

届かなかった時になる基本的な音色)にして、BPM(テンポ)を1.5倍速にしたら面白くなりそう」

と思ったからです。はえぇよwwww良曲レイプwwwwwポルノさんすいませんでしたwww


うp用にデータを作るまでに作っていた曲は8曲。ツアーの順番と同じ順番で作ってました。

この時はその時使っていた携帯に.midデータを送信してデータファイルで聴いてみたら、

どういう音作りにすればいいのかを思いつき、現在の音作りに近くなっていきました。



さて、これらのフルデータを作る途中、まだニコニコ見てなかったのでニコニコメドレーの雰囲気を

知らなかった時代に、「こう繋げられるぞ!」と楽曲を繋いだメドレー作品を二つほど作ってました。

折角だしこいつらも公開しようかな…と思ったので、明日(25日)にまた投稿したいと思います。


こういった昔のデータを改変する作業って案外楽しいんですよねwww

そりゃそうだ。その曲は自分のバイブルである尊敬するアーティストの曲ですから。



では、また明日!サンタとしての作業はまだ続く…!

http://www.nicovideo.jp/watch/nm16491511

MP3: http://nicosound.anyap.info/sound/nm16491511



波平「I.F.!!お前は当分出入り禁止だ!!!」


…はい、という事で、昔のデータを引き出してみました。




実家へ帰省中で、時間があったので自分が昔作っていたデータを見漁ってたら、

こんなどうもしようのないアレンジを見つけて「懐かしいなー」と思ってました。



自分がDTMに出会ったのは2008年、中学を卒業した春休みに親友から教えてもらったDominoに触り始めた時です。

これを作った時はだいたいDTM歴1ヶ月以内だったと思います。



まだあの頃は、持っているポルノグラフィティのバンドスコアで打ち込み再現していた時です。

.midデータを作っては楽しんでいた頃です。確か、この時はまだニコニコ見てませんでしたねー。

この打ち込み再現はうp主となる11月まで続きました。思えば、あの頃はDTM下積み時代でした。

あの時から同じ音源とキャッキャウフフ付き合ってるとは思いもしなかったですね。



こういうアホーな音楽を作るのも目標でした。

あの年の12月にもおふざけ打ち込みしてましたねー。参考までに↓

http://www.nicovideo.jp/watch/nm5459394



そうそう、ポルノ曲を打ち込み再現した時のデータがかなりあって、

いっその事公表しよっかなーと思い、明日以降にまた投稿したいと思います。

どうせ昔のデータだから、という事で今回こういった作業をしてました。


「ドラム以外の全音色をPiano 1(音色を指定する命令が出せなかった時に出る音色)にすり替え、

 BPMを1.5倍にしてみる」


ちょっと特殊なメドレーですよね。といっても、メドレー作品としてのクオリティはまた今度の話…。

1.5倍速のあの名曲があんな事に!?という感じになってます。



お楽しみにー。



波平「そうかそうk(ry」

※またしても長文です。暇つぶしと思いながらご覧ください。




タイトルが示すように、自分は重体に陥った事があります。

なんとか一命を取り留めましたが、脳を傷付けました。

重い後遺症が出来やすい怪我でしたが、運よく回復してます。


自分の意識が戻って起きた時には、何が起きたのか分かりませんでした。

何処に居るのか、自分がいる場所はどんな所なのか、自分はどんな状態なのか。

時間が経ち、脳が回復してきてようやく自分の現状を理解できました。

「自分は死んでいた」のだと。



死ぬ…死ぬってどういう事なんだろう?

それまで未だ「死」を経験することのなかった自分(当たり前)には分かりませんでしたが、

まさか、死の感覚について体感する事になるとは…


人は死んだらどうなるのか。死については様々な宗教等が持論を繰り広げています。

天国へ向かったり、地獄で裁きを受けたり、黄泉の国への坂を下りていたり。

星になったり、地に還ったりとも考えられてますよね。


…それらについて、死の手前まで経験してしまった自分にはこう感じました。

「脳が死んだら感覚何もかもが無くなる 死後など考える前から考える事すらできなくなる」

こう思ったのは、自分が再び生きることが出来たからです。



脳が活動を止めてしまうと、ありとあらゆる感覚が無くなります。

そして、ありとあらゆる行動を意識的に行う事すらできなくなります。

特に脳科学を学んだわけでもない自分がなぜこう言い切るのか。

「死を体験し、その記憶を残しながら再び生きる事ができた」からです。


そして、自分が意識をなくしていた時、何が見えたか…というと、

…何も見えてませんでした。

意識が戻り起きた時、今でもどんな感じだったか思い出せる夢が4つほどあるんですが、

最近見た感じだった感覚があるので、この夢は自分が昏睡だった時に見た夢…だったと思われます。


つまり脳が働いてなかった時、自分は何も体感してませんでした。

考えることも無く、回復したらいきなり考えられるようになりました。

つまり、感覚的には「睡眠から起きたら病室にいた」ですね。



魂はどうなってしまったのか?

「存在そのものが無くなる」ではないかと感じました。


じゃあ天国とか星とかはどうなのか・・・?

あれは単なる妄想です。だって、そう考え始めた人って死んだ事は無いでしょう。

「死人に口無し」の言葉通りに、一度死を体感した人間はそうそうそれを

他人に伝える事はできないでしょうから。



でも、宗教や神話が生死観について人を説くのは良い事だと思います。

先祖や亡くなった方を参る事は生きている人間としては正しい行動です。


死んでしまった人間が活動する事が出来るのは

生きている人間の意識の中だと思います。

空で自分たちを観ている、とかお墓で自分たちを待っている、というのは

生きている人間が思いついた考え方ですから。


尊敬したり好きな人が動くことが出来るのは、生者の意識の中のみ。

その亡くなった方をもっと見たいのならば

知らない人に言い伝えるとか、歴史に刻むことで可能になります。


…悲しいことに、死んで亡くなった人に会いに行くことはできないようです。

つまり、「あの世」は生者の中でしか存在しない世界のようです。

だけど、生きている人がその亡くなった人を先に亡くなった人に会いに行かせることは

できるようです。だから、誰からも忘れられた方はずっと活動できないように思います。



…様々な思想家やロマンチストの方々の持論や夢をぶっ壊してるような気がしてなりません。

自分も彼らの思想を否定しようとは思っていません。

ですが「真実」は残酷なもので、死の経験は生き残った人しか分からないようです。

死んでしまった方は死んだ事を「分かる」事すらできないと思われます。


つまり、本当の「死の恐怖」を感じる事が出来るのも生きている人間にはできません。

「死ぬのが怖い」と考える事は誰でもできますが、「何故死ぬことが怖いのか」知ることが

出来るのは安らかに長生きした人には感じる事無く死んでしまうのでしょう。


即死してしまった方など、何もかも考える前に命が停止してしまうでしょう。

…自殺した方はどうなんでしょうか。

確かにもう苦しむことは体感しないでしょうが、楽しむことも何もかも体感できないし

考える事も出来ないでしょう。そして、誰かに発見されなければその人は

あの世で人と会う事も出来ず、魂が消えて永遠に孤独となるのでしょう。

(「孤独」という感情も体感しないでしょうが)




前回に記したように、自分が書いた事は誰にも共感されないだろうと思っています。

じゃあ、なぜわざわざ長文書いて記しておくか?

「この考え方について、ずっと生きてきた人はどう感じるのだろうか」知りたいからです。


神や霊を否定したい訳ではありません。神や霊も同じく生きている人間が

存在を信じなければ存在しなくなってしまいます。



貴方にとって忘れてはならない人は誰ですか?

その人を誰かが信じている限り、その人は存在する事が出来るでしょう。

その人が大事だと思うのならば、決して忘れたりしないでください。


亡くなった人に遠い未来、きっと会えるだろうと思うならば…

ひたすらにそう信じて、生きて下さい。



やはり長文ですよね。今回はこの辺で。

個人情報が流出しない程度にここ2ヶ月の話をしようと思います。

かなーりリアル…もといシリアスな話そして長文なので注意。




前の記事では「10/7」と言っておりましたが、10/5の間違いでした。

もう自分は一生10/5の日付をを忘れられません。

2011年は日本国民全員にとって忘れられない年だと思いますが、自分は

二重で忘れられない年となりました。


その日の事を詳しく説明します。

朝早くからとある行事がありましたが寝坊して、遅刻しかけそうな時間でした。

急げばギリギリ間に合いそうだったので、自転車を飛ばしてました。

そこで、交通事故が起きました。

その場所は渋滞しており、両方とも相手の姿が見えない状態でした。


警察署の方が見せてくれた写真では、ボンネットが凹み、フロントガラスが割れてました。

ガラスの部分に右頭を強打し、意識を失いました。


幸い、事故現場が病院の近くで一命を取り留めました。

救命救急センターでは「死ぬ可能性があり、生きたとしても後遺症が出易い」状態でした。

症状名は「急性硬膜下血腫」。脳挫傷の中でもかなり危険な症状です。


要は脳内出血ですね。頭蓋骨というのはかなり固く、頭蓋骨で内出血が起きても

外見はそのままです。つまり、頭蓋骨内で脳が出血で圧縮され、脳が傷つきます。


救命の世界では、「後遺症より救命が重要」だそうです。

そりゃそうだ。あの症状は「死亡か後遺症か」の二択しかありません。

内出血した脳を治すには、細胞の腫れを抑えなければなりません。

手術で、頭蓋骨の一部を切りました。手術の傷は今も残ってます(もう痛みはありませんが)。

その時は意識が無いので何も思えませんでしたが、腫れが引いた時に

「頭蓋骨はめる手術やります」と言われた時はマジかよ!と思わざるを得ませんでした。


腫れは血が回ると引くのが遅くなります。なので起きられるのに眠らせておいた方がいいので

投薬で二週間ほど昏睡状態になりました。腫れが引いた頃に救命センターから

一般病棟へ移動しました。自分があれから初めて目覚めた時は

何が起きたのか、何処に居るのか全く分かりませんでした。


頭脳が働きにくいので、自分は覚えてませんが

思考力が幼少並だったらしいです。

(何歳かと言われて2歳ほどサバ読んだりしたのは笑い話ですよねw)


急性硬膜下血腫の復帰率は3~40%らしいです(後遺症ありで)。

復学も半年はかかるのが定例ですが、症状によれば

一生後遺症で社会には復帰できない可能性があるらしいです。


で、脳外科の医者の診断によれば「全治3ヶ月」と診断されました。

「全治」というのは血腫についての話で、リハビリがどれくらい必要になるかは

未定という事です。


昏睡によって運動を2週間しなかった+脳挫傷によって運動命令の伝達能力が低下した事により、

意識が戻って1週間以上自力で歩けず車椅子だった時がありました。

リハビリが始まった頃は右脳が運動を命令する左半身が上手く動かせなかったり

バランスが悪くなったりしました。


記憶などにも著しく障害が出ました。「物を見たり曲を聴いたりしたら覚えているけど

名前を思い出せない」というのがありました。大分治りましたけど今もちょっぴりあります。

(といっても、2週間近く昏睡、2か月以上入院生活なら色々忘れるのは当たり前ですが)

脳高次機能障害といい、2件目の病院でのリハビリで改善させようとしてました。



…と、様々な障害が起きましたが、今の自分はというと…

2件目の病院を退院し、週に数回通院してリハビリする、という状態です。


丁度1ヶ月前の今日に、搬送された病院から地元の病院でリハビリする為に移動しました。

年末まで通院を続け、復学できるかどうかを主治医の先生に判断してもらいます。

自分的には来月の頭には復学できるんじゃね?と思いますが、どうなんでしょうか。


事故で救急車に運ばれてから今日で2ヶ月ちょいです。

自分の症状を聞かされてようやく、自分の回復力は異常だと気付きました。

打ち所が良かったのか?CTの写真によれば血腫だった頃は死亡の可能性があり、

一部の脳細胞が活動を停止しているのではないかと思われていたそうです。


聞いた話ですけど、脳細胞って一度死んでしまうとその部分は完全に活動を止めてしまいますが、

周辺の細胞が死んだ細胞の能力をサポートするらしいです。

自分の場合はどうなんでしょう…考えるのが怖いので止めときますw


まだ若いから(と言われまくった)回復が早いと言われましたが、それにしても

以上に回復力が高いらしいです。

…本当に人間なのか…?と自分で何度も思いました。



何故自分が生き残ったのか…!?


「ここで死ぬ運命ではないと」というあの有名な台詞がありますが、

仏教的にもこの考え方があるそうです。

「まだやるべき事がある人間は寿命の半ばで命を落とす事は無い」…だそうです。

そう思えば自信が湧いてきます

それにしてもまさかエ○シャダイと仏教に関係性を発見するなんて…ww


とりあえず、「死」を目の当たりにした自分にとって、命に関する考えはガラっと変わりました。

脳に関しては外傷に弱くなったので、油断したらありとあらゆる物が

自分を殺そうと襲ってくるから常に警戒を怠らない…

いや、被害妄想癖が発症した訳じゃないですよw…多分。



交通事故で重体、なんてそうそう起こる事ではありませんよね。

知りませんよ?この文章を見ている人で「自分は絶対に事故らない」と考えてる人が

事故に遭う可能性がないとは言えませ…どうでしょうねぇ…


それでも人口の中でも被害者などめったにありませんよね。

だから自分の体験など共感されることも無いかな、とは思いますが、

最近感じている感覚の話をしたいと思います。


意識が戻って起きた頃には、初めて世界を経験する…という感覚に似てます。

今でもあります。やることなす事全てが新鮮な感覚があります。


ですが、それらの行動ほとんどが今まで普通に、当たり前にやっていた事で、記憶もあります。

つまり思い出すという訳ですが、それが新鮮と感じるのが同時に起こり、なんか不思議な感じです。

デジャヴ…とは違う感覚だと思いますが、「デジャヴなんじゃないの」と言われたら

そうかもしれません。が、この頭脳でデジャヴなんて出来るのか…!?



もう一つ。その「思い出す」の過程が普通ではないと思われます。

例えば、事故に遭う1ヶ月前にやった事…つい最近の話ですよね?

ですが、そんなつい最近の事を「すごく昔にやった事」を思い出した時の感覚に

似ていると思われます。不思議な感覚だ…普通に生きてたらこんな感覚なんか

体験しないでしょう。


だから、小学生の頃などそこそこ昔の記憶がそれ以上に昔の事だと思ってしまうのです。

例えると「大人やお年寄りが子どもの頃の思い出を懐かしがる」と同じ感覚だと思われます。

それが事故前の「ついこの前」の思い出でも起きる訳で、俺はじーさんか!?と思ってしまいます。

普通の人間ならもっと後に経験する症状をこの歳で経験してしまった…



そうそう、小中学生だった頃に自由帳にマンガ描いてた時期があって、

高校以降は「黒歴史…だけど捨て難い思い出」として部屋に封印してました。

それをこの前見直してたら、厨二病入ってた当時に感じてた世界観を思い出しました。


つまり、世界観に関する頭脳だけその頃の感覚に戻った、という事です。

リハビリで、一般の同年代には簡単で小学生程度の問題を毎日やっていた時は

勉強に関係する感覚が小学生の時の感覚になってましたしね。



何なんだ…この不思議な感覚は…!?


「子どもだけが持てる世界」というのは誰でも持てるものだと思いますが、

自分が今体感しているこの感覚は…おそらく普通に生きてたら体験しません。


この奇妙な感覚、人生を体感している事に対して、自分は

「ラッキーだ」と思う事にしてしまいました。ストレス溜めると回復が遅くなるので…


誰にも共感されないであろう事は自分でも分かってます。

ですが、この様々な感覚は二度と体感しないのではないか…と考えると、

それを記録しておいた方がいいかな、と思った次第であります。




…長文ですね。

とりあえずリアルではこの2ヶ月こんな事になってました、という報告。

そして、ひょっとしたら一生続くかもしれないであろう、この奇妙な感覚についての話。

では、この話を終えます。次の更新では今まで通りのI.F.[In Field]の話になると思います。


こんな長ったらしい文章を最後まで見て下さって、ありがとうございました!


それでは!道路では車などに気を付けて!!

最初にいた病院から移って地元の実家に近い病院で入院しております。

リハビリする毎日です。外出・外泊許可が出る程に回IIDX復してます。

で、ネットに繋げるときは外出して実家にいる時ですね。


打ち込みの感覚を戻す為に、入院しながら以前作ろうと思ってた作品を作っておりました。

いくつかのメドレーでの完全復活の為に…!

あ、入院してたらプレミアム切れましたw

マイリス数の上限で自分のマイリスに入れる事はできませんでした…


ま、自分で動き回れるようになった時にプレミアムに戻ります。



んで、2作品。やはり鈍ってますね…。ま、自分は好きですけどねこの音(ナルシストやめぃ



【東方音遊戯】XANADU OF YAMA【六十年目の東方裁判×XANADU OF TWO】


http://www.nicovideo.jp/watch/nm16280666

MP3: http://nicosound.anyap.info/sound/nm16280666



今年の夏に第二回東方音遊戯イベントに参加しよう!と思って

メロディだけ先に作っておいたものでした。

音作りに関しては入院して初めて作ったもので、だいぶ鈍ってますね。


まぁIIDX側の原曲の音作りが凄すぎるんですけどね。




10分の合図 FUNKOT mix.【STDK×MSGS】


http://www.nicovideo.jp/watch/nm16334943

MP3: http://nicosound.anyap.info/sound/nm16334943



事故のちょっと前に「この曲でFUNKOTアレンジしたい!」と思ってた作品です。


原曲は有名なメドレー作者のFLAGさんが弟さんの曲をアレンジした曲です。

これ、FUNKOTとなじむかも…と思いMSGSでFUNKOTを再現してみました。


データ全てを入院中に作って4日で完成させました。

ちなみに画像は1年前に自分で撮った写真です。

12月中に上げられる作品はこれが最後かな…と思い




さて。


これからは久々にメドレー制作に向かいます。

本当は11/11に上げるつもりだったハンマーメドレーとポルノ組曲第2弾です。

どちらも準備が進んでます。



楽しみに思ってくれている方がいましたら、ゆっくりしていってね!!!