個人情報が流出しない程度にここ2ヶ月の話をしようと思います。
かなーりリアル…もといシリアスな話そして長文なので注意。
前の記事では「10/7」と言っておりましたが、10/5の間違いでした。
もう自分は一生10/5の日付をを忘れられません。
2011年は日本国民全員にとって忘れられない年だと思いますが、自分は
二重で忘れられない年となりました。
その日の事を詳しく説明します。
朝早くからとある行事がありましたが寝坊して、遅刻しかけそうな時間でした。
急げばギリギリ間に合いそうだったので、自転車を飛ばしてました。
そこで、交通事故が起きました。
その場所は渋滞しており、両方とも相手の姿が見えない状態でした。
警察署の方が見せてくれた写真では、ボンネットが凹み、フロントガラスが割れてました。
ガラスの部分に右頭を強打し、意識を失いました。
幸い、事故現場が病院の近くで一命を取り留めました。
救命救急センターでは「死ぬ可能性があり、生きたとしても後遺症が出易い」状態でした。
症状名は「急性硬膜下血腫」。脳挫傷の中でもかなり危険な症状です。
要は脳内出血ですね。頭蓋骨というのはかなり固く、頭蓋骨で内出血が起きても
外見はそのままです。つまり、頭蓋骨内で脳が出血で圧縮され、脳が傷つきます。
救命の世界では、「後遺症より救命が重要」だそうです。
そりゃそうだ。あの症状は「死亡か後遺症か」の二択しかありません。
内出血した脳を治すには、細胞の腫れを抑えなければなりません。
手術で、頭蓋骨の一部を切りました。手術の傷は今も残ってます(もう痛みはありませんが)。
その時は意識が無いので何も思えませんでしたが、腫れが引いた時に
「頭蓋骨はめる手術やります」と言われた時はマジかよ!と思わざるを得ませんでした。
腫れは血が回ると引くのが遅くなります。なので起きられるのに眠らせておいた方がいいので
投薬で二週間ほど昏睡状態になりました。腫れが引いた頃に救命センターから
一般病棟へ移動しました。自分があれから初めて目覚めた時は
何が起きたのか、何処に居るのか全く分かりませんでした。
頭脳が働きにくいので、自分は覚えてませんが
思考力が幼少並だったらしいです。
(何歳かと言われて2歳ほどサバ読んだりしたのは笑い話ですよねw)
急性硬膜下血腫の復帰率は3~40%らしいです(後遺症ありで)。
復学も半年はかかるのが定例ですが、症状によれば
一生後遺症で社会には復帰できない可能性があるらしいです。
で、脳外科の医者の診断によれば「全治3ヶ月」と診断されました。
「全治」というのは血腫についての話で、リハビリがどれくらい必要になるかは
未定という事です。
昏睡によって運動を2週間しなかった+脳挫傷によって運動命令の伝達能力が低下した事により、
意識が戻って1週間以上自力で歩けず車椅子だった時がありました。
リハビリが始まった頃は右脳が運動を命令する左半身が上手く動かせなかったり
バランスが悪くなったりしました。
記憶などにも著しく障害が出ました。「物を見たり曲を聴いたりしたら覚えているけど
名前を思い出せない」というのがありました。大分治りましたけど今もちょっぴりあります。
(といっても、2週間近く昏睡、2か月以上入院生活なら色々忘れるのは当たり前ですが)
脳高次機能障害といい、2件目の病院でのリハビリで改善させようとしてました。
…と、様々な障害が起きましたが、今の自分はというと…
2件目の病院を退院し、週に数回通院してリハビリする、という状態です。
丁度1ヶ月前の今日に、搬送された病院から地元の病院でリハビリする為に移動しました。
年末まで通院を続け、復学できるかどうかを主治医の先生に判断してもらいます。
自分的には来月の頭には復学できるんじゃね?と思いますが、どうなんでしょうか。
事故で救急車に運ばれてから今日で2ヶ月ちょいです。
自分の症状を聞かされてようやく、自分の回復力は異常だと気付きました。
打ち所が良かったのか?CTの写真によれば血腫だった頃は死亡の可能性があり、
一部の脳細胞が活動を停止しているのではないかと思われていたそうです。
聞いた話ですけど、脳細胞って一度死んでしまうとその部分は完全に活動を止めてしまいますが、
周辺の細胞が死んだ細胞の能力をサポートするらしいです。
自分の場合はどうなんでしょう…考えるのが怖いので止めときますw
まだ若いから(と言われまくった)回復が早いと言われましたが、それにしても
以上に回復力が高いらしいです。
…本当に人間なのか…?と自分で何度も思いました。
何故自分が生き残ったのか…!?
「ここで死ぬ運命ではないと」というあの有名な台詞がありますが、
仏教的にもこの考え方があるそうです。
「まだやるべき事がある人間は寿命の半ばで命を落とす事は無い」…だそうです。
そう思えば自信が湧いてきます
それにしてもまさかエ○シャダイと仏教に関係性を発見するなんて…ww
とりあえず、「死」を目の当たりにした自分にとって、命に関する考えはガラっと変わりました。
脳に関しては外傷に弱くなったので、油断したらありとあらゆる物が
自分を殺そうと襲ってくるから常に警戒を怠らない…
いや、被害妄想癖が発症した訳じゃないですよw…多分。
交通事故で重体、なんてそうそう起こる事ではありませんよね。
知りませんよ?この文章を見ている人で「自分は絶対に事故らない」と考えてる人が
事故に遭う可能性がないとは言えませ…どうでしょうねぇ…
それでも人口の中でも被害者などめったにありませんよね。
だから自分の体験など共感されることも無いかな、とは思いますが、
最近感じている感覚の話をしたいと思います。
意識が戻って起きた頃には、初めて世界を経験する…という感覚に似てます。
今でもあります。やることなす事全てが新鮮な感覚があります。
ですが、それらの行動ほとんどが今まで普通に、当たり前にやっていた事で、記憶もあります。
つまり思い出すという訳ですが、それが新鮮と感じるのが同時に起こり、なんか不思議な感じです。
デジャヴ…とは違う感覚だと思いますが、「デジャヴなんじゃないの」と言われたら
そうかもしれません。が、この頭脳でデジャヴなんて出来るのか…!?
もう一つ。その「思い出す」の過程が普通ではないと思われます。
例えば、事故に遭う1ヶ月前にやった事…つい最近の話ですよね?
ですが、そんなつい最近の事を「すごく昔にやった事」を思い出した時の感覚に
似ていると思われます。不思議な感覚だ…普通に生きてたらこんな感覚なんか
体験しないでしょう。
だから、小学生の頃などそこそこ昔の記憶がそれ以上に昔の事だと思ってしまうのです。
例えると「大人やお年寄りが子どもの頃の思い出を懐かしがる」と同じ感覚だと思われます。
それが事故前の「ついこの前」の思い出でも起きる訳で、俺はじーさんか!?と思ってしまいます。
普通の人間ならもっと後に経験する症状をこの歳で経験してしまった…
そうそう、小中学生だった頃に自由帳にマンガ描いてた時期があって、
高校以降は「黒歴史…だけど捨て難い思い出」として部屋に封印してました。
それをこの前見直してたら、厨二病入ってた当時に感じてた世界観を思い出しました。
つまり、世界観に関する頭脳だけその頃の感覚に戻った、という事です。
リハビリで、一般の同年代には簡単で小学生程度の問題を毎日やっていた時は
勉強に関係する感覚が小学生の時の感覚になってましたしね。
何なんだ…この不思議な感覚は…!?
「子どもだけが持てる世界」というのは誰でも持てるものだと思いますが、
自分が今体感しているこの感覚は…おそらく普通に生きてたら体験しません。
この奇妙な感覚、人生を体感している事に対して、自分は
「ラッキーだ」と思う事にしてしまいました。ストレス溜めると回復が遅くなるので…
誰にも共感されないであろう事は自分でも分かってます。
ですが、この様々な感覚は二度と体感しないのではないか…と考えると、
それを記録しておいた方がいいかな、と思った次第であります。
…長文ですね。
とりあえずリアルではこの2ヶ月こんな事になってました、という報告。
そして、ひょっとしたら一生続くかもしれないであろう、この奇妙な感覚についての話。
では、この話を終えます。次の更新では今まで通りのI.F.[In Field]の話になると思います。
こんな長ったらしい文章を最後まで見て下さって、ありがとうございました!
それでは!道路では車などに気を付けて!!