気分刊 シラウス妄想社
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模様替え

キミはいっつも

なんだか忙しい

このテスト前になって

存在を主張してくるね。


いったんキミに心奪われると

もう他のコトは手につかない。


やることいっぱいなのに。

レポート山積みなのに。


とりあえず、

部屋をキレイにして

心もキレイすっきりにしないと

勉強する気にさせてくれない、

独占欲の強いキミ。


相手してあげたら

疲れ果てて

勉強どころじゃないのわかってるのに、

それでもキミの魅力にとり憑かれる。


小悪魔だね。

Peace

甘い香りのする煙草だな、って

吸ってる人の前に置かれたパッケージ、

たいていPeaceなんだなぁ。


昔、何度も同じように

甘い香りに誘われるもんだから

一度ひとつもらったことがあるのだけれど、

(現在、禁煙中ですよ。)


吸ってみると、

甘い香りとは裏腹に甘くないんだなぁ・・・

うまくもないし。

香りは大好きなんだけどな・・・



Peaceってのはそうと決まってるんだろうなぁ。

甘い幻想なんだな、きっと。

それは、

憧れと現実が交じり合う運命を持った言葉なのか。


未だかって世界中がPeaceになった瞬間は

きっと一度もなかったろう。


戦争しながら平和を望むっていう不条理、Peace。

かっこいい。

二年ほど前になるか、

保育士さんの友人二人から、

最近の子供には、

「かっこいい。」が流行ってる、

っていう話を聞いた。


なんでも、

子供をしつけるときに、

かっこいいかどうかで諭すんだって。


何かいけないことをした子供には、

「○○くん、それはかっこいいことかなぁ?」

と言うと、

子供は黙りながらも首を横に振る。


そうやって諭したり、

「かっこいいねー。」

って褒めたりする。


子供たちの行動指針は

かっこいいかどうかという価値観。

だから先生もその、

子供たちの価値観の言葉を使って

善悪の区別を教えていくって。


でも、

最近思えてきた。


それは私にも同じじゃないかな、と。


収入の安定したサラリーマンと

夢を追い求める収入のないバンドマン。


仕草に憧れ、好奇心で煙草を吸うことと

煙草なんて良くないと言い切ること。


行動基準なんて

実はかっこいいと思うかどうかで

決めてるって言い切ってしまってもいいのかも。


カネでも地位でも説明しきれない

人間のモチベーション。


自己実現なんて、かっこよくなるこったろう。

待たずして、できあがり。

無作為にモノが置かれた

見栄えの悪いキッチンカウンターで

その中に埋もれつつある

インスタントコーヒーの瓶に右手を伸ばした。


なかなか横着なやつなもんで、

右手はそいつをしっかりと捉えず、

UFOキャッチャーみたく

その蓋だけを指に掛けて持ち上げた・・・


けれど、目的地に辿り着くまでに

そいつは落っこちてしまった。

もちろん、ぬいぐるみの山の上ではなくてキッチンの床へ。


不幸にも瓶の中には

まだびっしりと豆が入っていたから、

その豆の半分くらいは、

今じゃもう床の上で

さっきまでカップルがそこで遊んでいたかのような

きれいな砂山になっていた。


蓋がしっかり閉まっていなかったんだ。


不可抗力だし、と半ば居直ったキモチと

今起こった事態に呆然としてしまったのとで、

おきあがりこぼしみたいに

ころころと行っては帰る、

割れずに耐えた瓶の他は、

写真みたいに固まって何も動かないシーンで、

私はしばらくその山を眺めてた。


そしたら、

山にならずに方々へ散った豆たちが、

シンクの外へと飛び出して

床へ辿り着いていた水たちと

一緒になってしまって、


待たずして、というか

片付けるのを待ってくれずに

もう立派なコーヒーになっていく。


それがなんだか楽しくって、

さすがはインスタントコーヒー。

頼もしい限りだな、なんて思いながら

ずっと見てようかとぼーっとしてたら、


母親が見に来て

「山の上っ側はまだいけるな。」

って言いながら、

スプーンを片手に豆をすくって

瓶の中へと入れていく。


それがまた可笑しくて

「じゃあ、この、

 床でコーヒーになってしまってるのも

 すすっていこうかな。」

なんて冗談飛ばして、

掃除機を持ってきて片付け始めるのでした。

子供心

子供の発想は無限大。

先入観や既成概念に捉われず新鮮。

私たちが失った視点から

モノを捉えたりして、驚かされる。


歴代の偉人たちは、

童心に帰るとか、子供心を取り戻すとか

そんな類のことをよく言った。

歳をとると、

孫と一番気持ちが近くなる、

とかそんな言葉もある。

悟りの境地に至ると子供心に帰れるのか。

輪廻転生、

来たる来世での

子供に戻る準備なのか・・・

今となってはあの頃、

どんなふうに考え、感じ、

目に映り、耳に聞こえたのか、

その、純粋で最強の子供心・・・


向上心って、

上に向かう心なんて書くけど、

その心を持って進む人の

最後に向かうところは、

子供心を取り戻した境地かもしれない。


だとすれば人生って

ゴールのある道じゃなくて、

メビウスリングみたいなものなのかも、

なんて思ってみたりしたんです。

今年の目標

もっとニュートラルに。


今年の私の標語。


偏りなく、柔軟に。

先入観や既成概念に捉われず。


透明な目でモノを見つめ、

ときにドライブ、はたまたパーキング。

いつでも何事にも正しいギアに

すばやく切り替えられるように。


先日、高校の同級生に久々に会って

「少し丸くなったね」なんて言われた。


クルマもヒトも、

丸みを帯びたほうが

人にやさしいみたい。


だから今年は、


キープ マイ ニュートラル。

2006、創刊。

年が変わり気分転換にブログを変えてみる。


最初のID候補がカブってしまい数字をくっつけた。

あとでカブったIDのブログ見に行こう。


気に入ったスキンがなかった。

スタンダードのカテゴリーにあるスキンさえ、

スタンダードじゃない気がした。


あと、京都と大阪のスキンはあるのに、なんで・・・


まっ、とりあえず気分刊で書くブログ、


2006、創刊。